光寿庵跡

光寿庵跡
高山市国府町上広瀬の諏訪神社北方の山中、上広瀬字屋舗一体を光寿庵跡といいます。長野県王滝村資料館にある鰐口の銘文に、光寿庵のことであると思われる記載があることから、永享8(1436)年まで現存していたことが立証されています。遺物では、人物戯画が線刻された平瓦や円面硯、飛騨地方で初の出土となった畿内産土器などが知られます。畿内産土器とは、日本各地の官衙や寺院などから出土する都で作られた土器のことで、都と地方との関係を示しています。石橋廃寺跡の塔心礎と出土品は、高山市指定文化財となっています。字屋舗では、後世の寺院関係の遺構ともいえる土門や古道が発見されています。光寿庵跡からは、古くは礎石が1つ発見され、軒丸瓦、軒平瓦及び白鳳期の戯画瓦などの遺物が採集されています。上広瀬地区は、越中街道の西街道と東街道の分岐点にありました。奈良時代、山麓の石橋廃寺跡は下寺、光寿庵跡は上寺の関係だったと思われます。
(引用:http://nihonisan-hidanotakumi.jp/cultural_heritage/03.html)