国指定・若山家

国指定・若山家
 〈国指定〉昭和52年6月27日
 〈所有者〉高山市
 〈所在地〉上岡本町1丁目590番地
             飛騨民俗村構内
     (旧所在地 大野郡荘川村下滝)
 〈時代〉宝暦初年(1751)
 〈員数〉1棟
  主屋(1棟)桁行17.1m、梁間12.5m、1重4階、切妻造、茅葺、西面及び南面庇付属、板葺
 荘川村に2軒あった合掌造りの1つで下滝にあった。電源開発による御母衣ダムの建設により水没するため、昭和34年、現在地へ移されている。
 若山家は荘川造りといわれる入母屋造りから、白川村の合掌造りに移行する唯一の建物である。外形は白川村の合掌造りだが、小屋組は荘川式の入母屋造りに近い構造をしており、その他にも両様式が共存する点が多い。建築年代は高山の大工によって宝暦初年(1751)に建てられたと伝承はあるが、構造手法から18世紀末頃ともいわれる。
 間口は9間半、奥行は6間半と奥行が深く、4階建て、背面に1間通りの下屋を設ける。平面は棟通りの約半間後方で前後に分かれ、それぞれ4室ずつに間仕切る。前側の下手3間分を土間とし、広い「ウマヤ」「コウマヤ」を設ける。土間の上手は前1間通りを「ドウジ」と「エンゲ(縁)」とし、その後ろは下手より取次や廊下の用に使われた「シヤシ」、接客や男の居間寝室の「オエ」、寄り合いに使われた「スエノデイ」と並ぶ。「エンゲ」には若い女の寝所にあてられた中2階を設け、梯子(はしご)段で昇降する。後側は下手より穀類の調整場「ウスナカ」「ダイドコ」「チョウダ」、家長夫妻の室である「ナカノデイ」の4室が並ぶ。背面1間通りは下手より炊事場の「ミンジャ」、女の寝室の「オクノチョウダ」、仏間の「オクノデイ」と並ぶ。「ミンジャ」はさらに背面に1間半張り出して「ナガシ」と「フロ」を設ける。「オクノデイ」は背面に1間の仏壇がついているが、これは現在地に移築した際、設けたもので、以前は東面にあった。構造は正面を船枻(せがい)造り(側柱上部から腕木を突出して小板を張った棚を持つもので、組頭・名主層以上にしか許されなかった)としている。合掌は「エンゲ」を取り込んだ最も外側の柱列の上に組まれた素屋造りである。背面に1間半の葺下し屋根が加わっている。
 荘川村にあった当時は、北流する荘川の西河岸の下滝という扇状地にあって、若山家の他に5軒で1つの集落を構成していた。屋敷地は川に向かって緩く傾斜し、東面する主屋を中心に味噌小屋、板倉、便所、ハサ小屋、田畑等が周辺にあった。
参考文献
『高山の文化財』22~24頁 高山市教育委員会発行 平成6年

 

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1-1-10 国指定・若山家