甘樫丘

甘樫丘
 甘樫丘は、古くは日本書紀などの中にもその記述が見られ、7世紀前期には当時の有力者であった蘇我蝦夷、入鹿親子が大邸宅を構えていた場所であるとも言われている。地区内には、眼下に飛鳥古京(明日香村内)の集落、北側に大和三山とその中央に位置する藤原京(橿原市内)さらに遠くの生駒山、二上山、葛城山、金剛山系の山並みを望める展望広場(標高148m)や、万葉集などに歌われた植物を散策しながら楽しめる万葉植物園路などを設けている。
標高148mの、東西 数100m、南北1kmほど広がる丘陵である。丘全体が国営飛鳥歴史公園甘樫丘地区となっている。丘の北側には甘樫丘展望台、南側には河原展望台が整備されており、明日香村内や橿原市内の大和三山や藤原京などの風景を望むことができる。散策路は『万葉集』などで歌われた植物が植えられた「万葉の植物園路」が整備されている。この他、芝生広場・休憩所・駐車場なども整備されている。
 古くは盟神探湯(くがたち)神事が執り行われた場と伝えられており、「日本書紀」に蘇我蝦夷、入鹿親子の邸宅が営まれていたことを記す記事が見受けられる。
*参考文献  説明版、出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』2019.2.3

 

資料集
097_104_甘樫丘