史跡-1 荏名神社神橋とその周辺

史跡-1 荏名神社神橋とその周辺

荏名神社は江名子川と塩谷川の合流地点に鎮座する。大きな岩が存在する神域は、古来稲置の森と言われて小さな祠があった。文化12年(1815)飛騨が生んだ国学者田中大秀は延喜(905~)の昔に定められた飛騨八社の一社であったことを考証し、神域を整備し社殿を改築して境内の一隅に千種園と称する邸宅を立て、祭祀を怠らず著作と後進の指導に努めた。
荏(え)名(な)神(じん)社(じゃ)神(しん)橋(きょう)は大秀の設計による橋で、石造の橋台と梁が残っている。橋台の上部から長形の石材を上方斜めに突き出し、この上に2層の梁を結合させ最上層に桁を渡したもので、桁は失われているが撥橋(はねばし)として貴重なものである。天保15年12月設計の図面が現存する。
〈市指定〉昭和59年3月2日
〈所在地〉江名子町1290番地
〈時代〉江戸時代
〈員数〉1基、設計図2枚
橋(1基)梁の長さ4.3m、幅2.05m
設計図(2枚)
①荏名神社大前石(おおまえいし)御橋勧進記
②荏名神社大前石御橋之図 天保十五年十二月吉日 田中大秀敬白

 資料

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