沖縄の歴史上人物 恩納ナビー②

沖縄の歴史上人物 恩納ナビー②恩納松下の歌碑
恩納ナビー(生没年不詳)は、18世紀の琉球王国の沖縄本島北部恩納村で農民の娘として生まれた。吉屋チル―と並んで、琉球を代表する二大女流歌人として知られている。景観や熱烈な恋情を歌った作風が特徴的である。
恩納村の恩納番所跡に隣接するように設置された歌碑「恩納松下の碑」には次のような歌が刻まれている。この歌碑も松の下に設置されている。
(琉歌)恩納松下に 禁止の碑たちゅす 恋しのぶまでの 禁止や無いさめ
(意味)恩納藩所前の松の木の下になにやら禁止の立て札が立っているというが、まさか男女の恋を忍ぶことまで禁ずるようなおふれでないでしょう。
この歌については、「若者たちが集い、毛遊びを興じていた大きな松の木で詠まれた」とも、「琉球王朝時代、中国からの冊封福使一行が本島北部の名所巡りをした際、恩納番所で一晩宿をとることになったため、当時盛んであった若い男女の毛遊びを取り締まる立て札を松の下に立てた」ともいわれている。
この歌碑「恩納松下の碑」の後方には恩納岳が見え、恩納岳を詠った琉歌も有名である。

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沖縄の歴史上人物_恩納ナビー②松下の歌碑