わらび粉小屋

わらび粉小屋
飛騨の東部、阿(あ)多(た)野(の)郷の内19ヶ村、東北部の下高原郷の内7ヶ村は明治初めまで米ができず、稗(ひえ)を主食としていた。これらの村の人々は豊富にあるわらびの根を掘って粉砕し、澱(でん)粉(ぷん)を作って売り、現金収入を得て暮しをたてていた。
この作業小屋は、益田郡阿多野郡中(なか)洞(ぼら)村(現高山市高根町中洞)から移築したもので、子(ね)の原(はら)高原から落ちる水を利用して水車を廻しわらび粉の採取期にはこの小屋に移住して(山居)作業をした。
説明板より

 

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1-3-17 わらび粉小屋