初矢峠の石畳

初矢峠の石畳
初矢峠の石畳
県指定史跡 昭和48年3月16日指定
 飛騨と美濃を結ぶ街道を東山道支路、東山道支路と東山道(後の中山道)を結ぶ街道を南北街道と言い、これを土地の人が鎌倉街道と呼んでいたことから、別名、鎌倉街道石畳とも言う。この石畳は、東山道支路の初矢峠に、幅2m、延長80.4mが現存している。いつできたのかは不明であるが、東濃と飛騨の国境「舞台峠」にもわずかの石畳が残っていること、南北街道の傍らに源頼朝が願旨建立した「鳳慈尾山大威徳寺跡」があることなどから、鎌倉時代にはあったと考えられる。代々の飛騨郡代(代官)は、この道を通って江戸とを往来した。
 初矢峠の石畳は、飛騨街道と南北街道が合流する下呂市小川から、竹原へと向かう途中の初矢峠に幅2m延長70.4mにわたって残っている。初矢峠からは、竹原峠、久野川峠、執幣峠、火打峠と進み、金山へと降りる。
*説明版より