加賀禅定道

加賀禅定道
加賀禅定道は、白山本宮から、白山市吉野谷地区中宮を得て、尾口地区尾添を経て白山山頂(御前峰)に至る、総延長約43.5kmの信仰の道。道が開かれたのは天長4年(834)とされている(「白山之記」長寛元年に中宮の僧千妙の口伝をまとめたもの)。白山本宮から中宮までは白山麓に集落を結びながらの道である。中宮から白山山頂までは山地を通る険しい修験の道である。中宮は、現在笥笠中宮神社のみ残るが、南北朝時代までは四十九坊の僧院があったとされる。対岸の尾添の間までは、深い渓谷があり、中世までは葛籠で編んだ渡し笥(ハコ)が対岸を結んでいた。尾添のには、加宝神社がありそのしたには岩屋があり白山を開山した泰澄が籠って修行したという。尾添からは白山の雪解け水が伏流水となっている払い谷をとおり標高1,500mの地点には檜の社叢で覆われた檜新宮にたどりつく。檜新宮の200mは北西には、お壷水と呼ばれる湧水地がある。この湧水は、金沢野田山にある遭洞宗の寺院大乗寺の井とつながっていると伝承があり、寛文期には大乗寺の修行僧が石碑を建てた。檜新宮の本地仏は地蔵菩薩で明治7年7月までここに9体の仏像が安置されていたが、廃仏希釈により石川県によって尾添村に下されている(石川県指定歴史資料)。檜新宮は平安時代後期から室町時代にかけて夏場に白山で籠り修行する僧の聖地として使用された。平成22年(2011)に発掘・遺構確認調査が行われ、12世紀から18世紀にかけての遺物と礎石建物跡等を確認している。檜新宮か天池金剣宮跡、加賀室跡を経て大汝峰山頂を通り、御前峰に至る。途中、直径13m高さ3.5mの人口的に築造されて四塚(標高2500m)の側を通る。
特色
尾添から山頂に至る登山道は歴史の道として残存しており、平成8年には、文化庁による歴史の道100選の白山禅定道の一部に選定されている。

メタデータ
加賀禅定道

 

資料集
065_068_加賀禅定道