古今伝授の里フィールドミュージアム

古今伝授の里フィールドミュージアム
古今伝授」とは、古今和歌集の解釈を中心に、歌学や関連分野のいろいろな学説を師から弟子へ「秘説相承」のかたちで伝授することです。伝授する方法は、口伝、切紙、抄物があります。
「古今伝授」が生じた背景
「古今和歌集」は、日本最初の勅撰和歌集です。勅撰とは、天皇の命令によって編さんされるという意味です。905年、醍醐天皇の命を受けた紀貫之ら4人の撰者により著されました。
しかし、成立後 100 年も経つと、歌の本文や解釈に疑問が生じ、さまざまな解釈が行われるようになりました。
「古今伝授」の成立
鎌倉~室町時代にかけて当地の領主であった東(とう)氏の9代目当主・東常縁(とうのつねより)は、「新古今和歌集」や「百人一首」で知られる藤原定家の流れを汲む御子左(のち二条流)の和歌の流れを受け継ぐとともに、正徹や尭孝といった当代きっての歌人に学びました。
やがて、切紙による伝授方法を取り入れ、古今和歌集や関連するいろいろな分野の学説を連歌師・宗祇に伝授しました。この切紙を中核とすることにより、「古今伝授」の形式が確立しました。これにより、東常縁は「古今伝授の祖」と言われています。
「古今伝授」の中核
「古今伝授」の中核は、古今和歌集の講釈と、「三木三鳥」などの秘説を、切紙で授けることです。流派により異なりますが、
三木は、おがたまの木、めどに削り花、かはなぐさ
三鳥は、よぶこどり、ももちどり、いなおほせどり
とされます。
ちなみに、三鳥は古今伝授の里フィールドミュージアムの店舗に、三木は道の駅古今伝授の里やまとの店舗の名前にそれぞれ使われています。
その後の「古今伝授」
東常縁が連歌師・宗祇に「古今伝授」を行って後、再び古今伝授はいくつかの流派に分かれます。
安土桃山時代から江戸時代へ移る慶長年間、細川幽斎は分かれた「古今伝授」を集大成します。 1600 年、幽斎は、智仁親王に「古今伝授」を始めます。おりしも関ケ原の戦いの直前で石田三成方と徳川方の対立の緊張が高まり、徳川方の幽斎は居城・田辺城へ帰ります。その城を、石田三成方が包囲します。ところが、「古今伝授」の断絶を恐れた後陽成天皇の勅命により、城の包囲が解かれることになりました。
東常縁が確立した「古今伝授」が、後々まで尊重されたことを物語るエピソードです。
(引用:http://www.kokindenju.com/kokindenju.html)