古宮遺跡

古宮遺跡
古宮遺跡は、手取川右岸の安久濤ヶ淵(あくどがふち)と呼ばれる河岸段丘上にある。古宮の名称の由来は、文明12年(1480)ま加賀国の一ノ宮であった白山本宮があったことによる。白山本宮は、文明12年に火災により、かつてから約800m南東にある三ノ宮と合祀し現在にいたる。安久涛ヶ渕は、手取川右岸の瀞(とろ)の景観を示し、白山市指定名勝に指定されている。安久濤ヶ淵は、近世期、「空殿」ともかかれ、白山本宮が移転した事を物がっている。遺跡の北側には、昭和7年まで対岸を結ぶ舟渡しがあった。義経記には、東国落ちする義経と弁慶がこの舟渡しを利用し、白山本宮に参詣したことが描かれている。現在、遺跡地は白山市が管理する古宮公園となっている。公園の下には、七ヶ用水隧道があり、幕末から明治36年に至って開鑿された隧道の紹介と開鑿にかかわった人物の顕彰碑が建立されている。公園の中央には、白山比咩神社が管理する水戸明神の社祠があり、秋の七ヶ用水と白山比咩神社の氏子により祭祀が行われている。水戸明神は、高さ1.5m直径5mの岩の上に立っている。平成7年(1995年)と平成30年(2018)に発掘調査が行われ、10世紀中頃から16世紀後半にかけての建物群跡が発見されている。平成7年の発掘調査では、約4.5m四方で深さ80㎝の土坑に祭祀で使用されたとみられる素焼きのかわらけ約1700枚を埋納した遺構が発見され、古宮公園内に移設し復元展示されている。
特色
白山信仰遺跡、神社跡として基調な歴史遺産である。

メタデータ
古宮遺跡

 

資料集
069_072_古宮遺跡