国分寺表門

国分寺表門
 〈市指定〉昭和52年5月8日
 〈所有者〉国分寺
 〈所在地〉総和町1丁目83番地
 〈時代〉元文4年(1739)
 〈員数〉1棟2枚
  四脚門(1棟)桁行3.090m、梁間1.303m、二重杮軒付、銅板葺
  棟札(2枚)①棟木の下端西側に元文4年(1739)8月の創建棟札、大工松田太右衛門、葺屋冨田喜兵衛、内山伝四郎
  ②棟木の下端東側に享和3年(1803)の葺替棟札、葺師前原平蔵
 元文4年8月、飛騨代官長谷川忠崇の手代小林儀右衛門ら4名の寄進により、飛騨の名工松田太右衛門が建てた。
 冠木(かぶき)上に架せられた板蟇(かえる)股(また)や、腕木の繰り形にこの地方中期の好例を残しており、形態も美しい。当初基壇がなく、地表面上に建てられていたが、保存のため基壇が設けられた。昭和53年にはのし板葺であった屋根も現在の銅板葺に改められた。
飛騨国分寺の文化財
国分寺の文化財
①飛騨国分寺の大イチョウ   ⑤飛騨匠木鶴大明神像及び版木
②国分寺三重塔        ⑥藤原宗安像
③国分寺表門         ⑦飛騨国分寺塔跡
④国分寺本堂
飛騨国分寺の歴史は、古く奈良時代までさかのぼる。現在、奈良時代の飛騨匠が造った建物を目にすることはできないが、境内には、七重塔の心礎や金堂の礎石(現在の本堂床下)が残り、その規模から飛騨匠の木工技術者としての技術の高さを想像することができる。
その技術は後世にも脈々と受け継がれ、室町時代には本堂が、江戸時代には三重塔が造られた。また、本堂には「飛騨匠の祖」として崇敬を集める木鶴大明神・藤原宗安像が安置され、1,000年以上にわたる飛騨匠の歴史が刻まれた場所となっている。
説明板より

 

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