大極殿

大極殿
大極殿は古代の宮都における中心施設で、元日朝賀(ちょうが)や天皇の即位など、国家儀式の際に天皇が出御する場所である。平城宮には、造営当初から恭仁(くに)京(きょう)へ遷都するまでの大極殿(第1次大極殿)と、平城京に遷都してから長岡(ながおか)京(きょう)に遷都するまでの大極殿(第2次大極殿)の2つの大極殿が確認されている。
 第1次大極殿院は、南北約320m、東西約180mの区画で、北側を1段高くし大極殿と後殿(こうでん)を南北に配置している。壇の南側は儀式の際に貴族が整列した広場である。これは、唐(とう)長安城(ちょうあんじょう)大明(だいめい)宮(きゅう)含元殿(がんげんでん)にならって造られたと考えられている。周囲は築地(ついじ)回廊(かいろう)で囲まれ、南面には南門とその東西に楼閣を構えていた。平城遷都1300年にあたる平成22年(2010)、大極殿の建物が復元され、現在公開されている。
この東側の楼閣を建てるにあたって飛騨匠が携わっていたことが木簡によって分かった。
木簡の出土場所は平城宮中央区朝堂院東北隅で、内容は「造東高殿□飛騨工□」とある。東高殿は大極殿に取りつく回廊の南面、東側の楼閣のことである。現在、さらに楼閣建物の復元工事が長期計画で進められている。
 第1次大極殿の建物は、恭仁京遷都の際に回廊と共に解体され、移築された。その後、恭仁宮大極殿は山城(やましろ)国分寺(こくぶんじ)に施入されている。
「『平城宮 第1次大極殿 リーフ』独立行政法人 国立文化財機構 奈良文化財研究所 2010年発行」より

   

資料集
027_032_大極殿