熊野神社本殿

熊野神社本殿 国府町西門前
 一間社流れ見世棚造で柿葺(こけらぶき)、桁行1.827m、梁間1.073m、昭和54年、重要文化財に指定されている。荒城神社、阿多由太神社本殿に続くもので、飛騨地方の神社建築の流れを知る上にも重要である。
熊野神社本殿は、安国寺境内の北側にあって西面して祀られ、近世には安国寺の鎮守であった。現在は覆屋に入っている。明治初年、神仏分離によって村社に列し、その後明治末期に拝殿、幣殿の建立と整えていった。その際、本殿を覆屋に格納するのに狭いため背面軒廻りを切断してしまった。昭和61年から2カ年にわたり解体修理が行なわれた。
創祀は詳らかでないが、安国寺の鎮守堂として建てられ、寛永元年(1624)に西門前村の請願によって産土神となり氏子達に守られてきた。西門前村は、もとは荒城神社を産土神とする宮地村の中にあったが、安国寺の興隆とともに門前町ができ、ついには東・西に分かれたものである。東門前村は分裂後も産土神を荒城神社にしていたが、西門前村には神社がなかった。そのため、産土神として安国寺の鎮守堂を崇拝するようになっていった。
現在の祭神は、熊野大権現、伊勢皇大神宮、白山妙理大権現の木彫神像を祀っている。この三神像の背にそれぞれ祭神の名が書かれている。この像はその作風から僧円空によるものとされ、延宝4、5年(1676、77)頃の作と言われている。
 参考文献 『重要文化財 熊野神社本殿保存修理工事報告書』財団法人文化財建造物保存技術協会編集 重要文化財熊野神社本殿保存修理委員会 昭和62年9月発行