荒城神社本殿

荒城神社本殿      国府町宮地垣内1405の1
明徳元年(1390)に創建され、元中7年(1390)に再建されている。三間社流造り、柿葺で、素木造り。本殿と棟札7枚が国の文化財にしていされている。
 宮地鎮座の荒城神社は、延喜式神名帳にある飛騨国八社の一つである。祭神は天之水分(あめのみくまり)神(のかみ)・国之水分(くにのみくまり)神(のかみ)であるが、大荒木命を祀ったとの説もある。俗に荒城宮または河泊(かはく)大明神と呼ばれている。つまり川の神、水の神として地域の信仰をあつめてきた。
 本殿は、明徳元年(1390)再建されたと伝えられている。その後、数度の修理をしたが、昭和7年の大修理を経て面目を一新した。三間社流造、杮葺(こけらぶき)、棟は箱棟とし妻飾豕叉首式(つまかざりいのこさすしき)、軒は二軒(ふたのき)繁(しげ)垂木(たるき)で母屋は円柱の上に雄健な舟(ふな)肘(ひじ)木(き)をおく。向拝の柱は方柱で9分の1の大面取り、この上に唐様(からよう)三斗(みつと)をおく。両端の木鼻の上には天竺様の皿斗(さらと)をつけた斗(ます)もみえる。
 また向拝正面中央を飾る蟇(かえる)股(また)は、肩の巻込みの眼が痕跡だけとなり、しかも両肩に大きな耳をつけたものは室町期のものであるが、内側の繰抜きは宝珠を中心に若葉を相称形にした古い形式のものである。棟札には、 延宝6年午ノ3月吉日、再建立寛政4壬子載小春如意珠日など7枚がある。
参考文献『高山市史・建造物編』