飛鳥大仏

飛鳥大仏
重要文化財1940年指定、名称「銅造釈迦如来坐像(本堂安置)1躯」、像高は275.2cm
『日本書紀』や『元興寺縁起』に見える「鞍作鳥(止利仏師)」作の本尊像で、後世の補修がある。鞍作鳥は、法隆寺金堂本尊「釈迦三尊像(623年作)」の作者でもあり、法隆寺の像の光背銘には「司馬鞍首止利」(しばくらつくりのおびととり)とある。
飛鳥大仏像の完成は、『元興寺縁起』による609年完成説が定説で『縁起』によると、当初、像には脇侍像があると記される。現在、大仏坐像の下方にある石造台座には両脇侍像用とみられる枘穴が残る。鎌倉時代の建久7年(1196)の落雷のための火災で甚大な損害を受た。奈良国立文化財研究所は昭和48年(1973)に坐像の調査を行ない、その結果、当初部分と考えられるのは頭部の額から下、鼻から上の部分と、右手の第2〜第4指のみだとされた。2012年7月に早稲田大学の大橋一章らの研究チームが行った調査結果によると、現存像の大部分が造立当初のものである可能性が高いとした。また鋳造専門家の調査でも銅を複数回注いだ継ぎ目の跡があり、奈良時代以前の技法と推定している。
『日本書紀』によれば完成後、丈六銅像を元興寺金堂に安置しようとしたところ、像高が金堂の戸よりも高くて入らないので、戸を壊そうと相談していたところ、鞍作鳥の工夫によって、戸を壊さずに安置することができたという挿話が記述されている。