高山市三町伝統的建造物群保存地区

高山市三町伝統的建造物群保存地区
 昭和54、平成9年に国の重要伝統的建造物群保存地区に選定された。地区の面積は約4.4haで、南北通りは約420m、東西の幅は約150m。伝統的な建造物が172棟あり、秋葉様社が2棟ある。恵比須台組町並保存会、上三之町町並保存会、上二之町町並保存会、片原町町並保存会の4保存会により町並み保存がなされている。
 天正14年(1586)、飛騨国主となった金森氏により商業経済を重視した城下町として形成された高山は、城を取り囲んで高台を武家屋敷、一段低い所を町人の町とした。この町人町の一部が現在の重要伝統的建造物群保存地区(伝建地区)である。また、東西南北の4街道は城下町の中へ引き込まれ、高山は近世以来飛騨における政治、経済の中心地となった。昭和30年代後半、観光地化に伴ない町が汚くなりつつあった際、子どもたちが宮川に鯉を放流する活動をした。これを契機に町並み保存、町の美化を進める市民運動へと発展し、昭和41年には「上三之町町並保存会」が結成された。
道路に面した部屋を「ミセ(店)」と呼ぶ。建物の間口は3~4間と狭く。奥に深い。中に入って見上げてみると吹き抜けの天井は今にも通ずる空間を利用した建築手法である。息苦しい感じがせず、自然光のよさ、光の帯が差し込む様はすばらしいものがある。
 高山の町家は、前側の屋根の軒桁の高さは4.5m少しと大変低い。屋根は道路の水路まで飛び出て、屋根から落ちた雨水がちょうど水路に落ちるように工夫がされている。
 敷地奥の土蔵は防火の役割を果たしていて、連続する土蔵の列は延焼をくい止める防火帯として大きな効果をあげてきた。現在、この土蔵を大事にしている。