高山陣屋

高山陣屋
 昭和4年に国の史跡に指定された。建物周辺の所有者は岐阜県、陣屋前広場は高山市。史跡範囲は11,219.05㎡。現在遺構は「御門」天保3年(1832)、「門番所」天保3年(1832)、 「御役所」文化13年(1816)、「御蔵」慶長年間(1596~1615)、「御勝手土蔵」天保11年(1840)、「書物蔵」天保12年(1841)、「その他・供待所、腰掛、中門」
 元禄5年(1692)徳川幕府は金森頼旹を出羽国上ノ山に転封し、飛騨一円を幕府直轄領とした。それ以来、明治維新に至るまでの177年に、25代の代官・郡代が江戸から派遣され、領地の行政・財政・警察などの政務を行なった。この「御役所」を「高山陣屋」と称している。陣屋設置以来、享保10年(1725)、文化13年(1816)と数度にわたって改築がなされ、幸いにも火災を受けなかった。明治になると、主要建物はそのまま地方官庁として使用され、昭和4年には国の史跡に指定された。昭和44年12月、ここにあった飛騨県事務所が移転し、復元修理と復旧事業が行なわれ、江戸時代の高山陣屋の姿がほぼ甦っている。
 内部は、玄関の間が文化13年改築のままで残り、10万石格を示す2間半の大床や、大名も使用をはばかった青海波模様が目を引く。御蔵は高山城三ノ丸に米蔵として建てられていたが、元禄8年現在地に移築された。軸部は慶長年間(1596~1615)のもので、良質のヒノキが使われ、仕上げも蛤刃手斧であり、年代、規模共に全国有数の穀物土蔵である。壁面の傾斜(四方転び)や通風の隙間など、飛騨匠の手法が見られる。
参考文献 『高山市の文化財』