龍潭寺

龍潭寺
風光明媚な奥浜名湖その北に位置し、豊かな自然、緑と花に抱かれた町、浜松市井伊谷、そこに萬松山龍潭寺がある。
この井伊谷地域は、古くは「井の国の大王」が聖水祭祀をつとめた「井の国」の中心で、浜名湖の注ぐ井伊谷川、神宮寺川の沿っての台地には縄文・弥生の遺跡、古墳が数多く残され、水にまつわる伝説も多い。
特に当地の歴史と、当寺の縁起にゆかり深いのが、「共保出生の井戸」である。 共保公とは、平安時代から戦国時代までの六百年にわたり当地方を治めた名門井伊氏の元祖。
井伊氏は保元の乱で源義朝に、鎌倉時代には源頼朝に仕え、南北朝時代では後醍醐天皇皇子、宗良親王を迎え北朝と戦い武勲をなしている。
室町時代、今川氏に仕え「桶狭間の戦い」で戦死をした井伊家22代直盛の戒名をとり龍潭寺と寺号を変えた。
戦国時代、24代直政が浜松城主徳川家康に仕え、”井伊の赤鬼”と呼ばれ大活躍、やがて徳川四天王の筆頭となり彦根に出世する。
そして、幕末に36代井伊大老直弼が開国の偉業をなしとげるのである。
こうした元祖共保公より40代に到る祖霊を祀る菩提寺として歴代当主に深く帰依されて来たのが龍潭寺である。
当寺の歴史は古く、天平5年(733)に行基菩薩によって開創されたと伝わる。
禅宗となったのは室町時代末期、20代直平が帰依された黙宗瑞淵和尚を開山として迎えてからである。後の遠州地方の臨済宗妙心寺派の法源となった。
一万余坪の境内には江戸時代に建立された県指定文化財の本堂、開山堂、総門、庫裏、霊屋などの貴重な建物が立ち並び、国指定名勝、小堀遠州作「龍潭寺庭園」が四季折々の風光と調和しながら、悠久たる「井の国」の歴史と文化と信仰を今日に伝えている。
「龍潭寺」にある左甚五郎作の竜の彫刻
北区引佐町にある井伊家の菩提寺「龍潭寺」は、小堀遠州作の庭園で有名であり、昭和11年に国の名勝記念物に指定された東海の名園です。この龍潭寺本堂の玄関から鶯張りの廊下を渡った西側には、江戸時代初期に活躍し、日光東照宮のねむり猫の作者としても有名な左甚五郎が彫った「竜の彫刻」があります。廊下上部に置かれた「竜の彫刻」の存在感は大きく、訪れる人の目を惹きつけています。龍潭寺(りょうたんじ)は静岡県浜松市北区引佐町井伊谷にある臨済宗妙心派の寺院で、733年(天平5年)に、行基によって開かれたと伝えられています。
1093年(寛治7年)に遠江国守、井伊共保(ともやす)が葬られ、以降井伊家の菩提寺となります。以後、24代井伊直政が彦根に移るまで、およそ500年の間、井伊氏に帰依されてきました。幕末の大老井伊直弼(なおすけ)も龍潭寺に位牌が祀られています。