秋の高山祭

秋の高山祭 八幡祭 
桜山八幡宮(高山市桜町)を中心に祭礼が毎年10月9、10日に執行される。
 「八幡祭」はおよそ400年前から始まった。江戸時代、例祭には金森国主より奉(ぶ)行(ぎょう)正副2名が特派され、奉行祭の祭式は、飛騨が幕府の直轄となってからも続けられている。
 一番古い古文書は、享保3年(1718)に高山陣屋の地役人上村木曽右衛門が書いた「高山八幡祭礼行列書」を、天明6年(1786)に写した柚原三省の日記である。御榊・出し・神楽のほか屋台4台、笠鉾2台等々、御輿を別にして48番の出しものが行列を飾り、総勢数百人におよぶ大行列であったという。
 「四元略筆記(飛騨遺乗合符 第9巻)」では、正徳六年、祭の行列が御坊坂(別院と真蓮寺の間の坂)を上り、馬場町へと進み城坂を下って中橋を渡り、御役所(高山陣屋)前に至り、ここで代官にお目にかけ氏子区域へ帰ったとある。
 祭を統率する最高指揮官は「年行司」で、その年の祭事一切を司る最高の権限を持っている。廻番で役が回る。春祭は「宮本」が最高指揮官である。
 秋祭りの特色は、絢爛豪華な屋台である。高山祭の屋台はおよそ300年前に出来、神輿の行列に参加するようになった。11台が現存する。各組の屋台は競って他の屋台と構造装飾が異なるように工夫して造り上げている。どの部分を見ても、決して同じものがない。しかも屋台の持つ型をはみ出さず、曳そろえられて全体的に美しいという配慮があって特筆すべきものといえよう。布袋台のからくり奉納は桜山八幡宮の境内で行なわれ、糸が無いのに唐子が綾を渡ってゆくという精巧無比のからくりに観客は驚嘆する。
参考文献
日下部省三編纂『八幡祭と屋台』桜山八幡宮発行 昭和63年