上行寺
上行寺 上行寺(日蓮宗)は、1313年(正和2年)、日蓮の弟子の日範の創建。 本堂は、1886年(明治19年)に妙法寺の法華堂を移築したもので、格天井の絵は、細川氏の絵師によるもの。 本堂表欄間には「龍の彫り物」が施され […]
文部科学省 私立大学研究ブランディング事業
上行寺 上行寺(日蓮宗)は、1313年(正和2年)、日蓮の弟子の日範の創建。 本堂は、1886年(明治19年)に妙法寺の法華堂を移築したもので、格天井の絵は、細川氏の絵師によるもの。 本堂表欄間には「龍の彫り物」が施され […]
鶴岡八幡宮 鶴岡八幡宮(つるがおかはちまんぐう)は、神奈川県鎌倉市雪ノ下にある神社。旧社格は国幣中社で、現在は神社本庁の別表神社。別称として鎌倉八幡宮とも呼ばれる。武家源氏、鎌倉武士の守護神。鎌倉初代将軍源頼朝ゆかりの神 […]
長滝白山神社 長滝白山神社(ながたきはくさんじんじゃ)は、岐阜県郡上市白鳥町長滝に鎮座する神社である。日本各地に分布する白山神社の中心的な神社の一つであり、白山信仰と関わりが深い。白山信仰の美濃国側の中心である。 明治維 […]
越知神社 越知山の山頂付近は、かつて神仏混合の山岳霊場だったといわれています。頂上の三角点付近には、奥の院や、大師堂、社務所、日吉神社、本殿、拝殿があり、この本殿が越知神社にあたります。越前五山の一つとして、信仰を集め、 […]
平泉寺白山神社 境内は一面に緑の美しい苔で覆われ「苔宮」「苔寺」とも呼ばれますが、現在は明治の神仏分離令により寺号を廃止し、白山神社となっています。 養老元年(717年)に泰澄大師によって開かれたと伝わり、白山信仰の越前 […]
一乗谷朝倉氏遺跡 朝倉氏は現在の兵庫県養父(やぶ)市出身の豪族で、南北朝時代に朝倉広景が主人の斯波高経(しばたかつね)に従って越前に入国しました。朝倉孝景の代、1467年の応仁の乱での活躍をきっかけに一乗谷に本拠地を移し […]
白山神社 山県市東深瀬の山の裾にある「白山神社」。 県道256号から東へ、細い道を進んだ先にあるこぢんまりとした神社ですが、実は、山県市で唯一の国指定重要文化財になっている拝殿がある神社なのです! 創建は文亀2年(150 […]
日下部家住宅 高山の近代民家建築を切り開いた 飛騨の大工の名門、谷口家の谷口延恭に師事した川尻治助による町家建築です。川尻治助は彫刻の名手でもあり、一刀彫の名品も残しています。 明治12(1879)年に建てられた日下部家 […]
吉島家住宅 水間一門の流れを汲む 四代目水間相模に師事した西田伊三郎によって、明治40(1907)年に建てられた町家建築です。 土間の吹抜けの梁は、木の美しさが際立つように高い技術によって加工され、大黒柱を中心に、束と梁 […]
飛騨の匠ミュージアム 飛騨世界生活文化センター内にある、飛騨高山地域の家具作りを中心とした生活文化用品を展示する博物館。飛騨の匠の歴史は飛鳥時代から、年貢の代わりに宮殿や仏閣の造営に携わったところに始まる。千数百年前その […]
袋中寺 琉球に浄土宗が伝来したのは、1603年(万暦31年・慶長8年)に袋中が来琉したことをもって嚆矢とする。袋中は陸奥国石城郡(現・福島県いわき市)の出身の僧侶で、仏法を学ぶため明国渡航を志し、中継地の琉球王国に渡った […]
壷屋焼 壺屋焼(つぼややき)は沖縄県那覇市壺屋で主に生産されている陶器です。焼物(やちむん)とも呼ばれ、沖縄を代表する陶器の一つとなっています。 壺屋焼の特徴は、沖縄特有の釉薬を用いた色とりどりの力強い絵付けです。庶民が […]
芭蕉布 芭蕉布(ばしょうふ)は、バショウ科の多年草イトバショウ(Musa liukiuensis)から採取した繊維を使って織られた布(織物)。日本の別名は「蕉紗」と呼ぶ。 沖縄県および奄美群島の特産品。薄くて軽く、張りの […]
琉球村 琉球村(りゅうきゅうむら)は、沖縄県国頭郡恩納村山田にある、沖縄の文化・自然などをテーマとしたテーマパークである。1982年にオープンした。面積は9万5000平方メートル。多くの古民家が移築されており、やや昔の伝 […]
沖縄の海洋保全 軽石 【軽石の被害】 気象庁は2021年8月13日に小笠原諸島の付近の海底にある火山「福徳岡ノ場」噴火したと発表(気象庁)。この噴火で生まれた大量の軽石が「黒潮反流」という西向きの海流に乗って1,400キ […]
加賀禅定道 山岳信仰の山、白山の山頂へ至る道のことを「禅定道」といいました。832(天長9)年に開かれた、白山本宮から御前峰へと続く登山道は信仰の道です。 1934(昭和9)年の大洪水以降、廃道になっていましたが、198 […]
了徳寺 了徳寺の鐘楼は真宗寺院としては異彩ともいえる四神による四方守護の欄間彫刻を施しているが、これは了徳寺開山・了専和尚が栗原神社の社人であった関係といわれている。 1448年栗原神社の社人・栗原衛門が本願寺存如上人に […]
冨士社社殿 松田太右衞門による神社建築 元々は日枝神社の本殿として、寛延元(1748)年に建てられた、松田太右衞門による現存数が少ない神社建築です。流造りに千鳥破風、軒破風を取り入れた屋根形態で、珍しく極彩色が施されてい […]
沖縄の生活文化 備瀬のフクギ並木 沖縄では年中海からの風が吹いている。特に、古くからの住まい(古民家)に台風等の強風が直接あたることを防ぐための工夫として、「建物をサンゴ石灰岩の石垣で囲む」と「防風林を植える」が挙げられ […]
沖縄の歴史上人物 吉屋チルー③御茶屋御殿 吉屋チルーは17世紀頃に存在したといわれている琉歌人で、幼いときに遊廓へ売られ、ある男性と恋仲になるが裂かれ18歳で自死したと伝えられている。 御茶屋御殿(うちゃやうどぅん)はか […]
沖縄の歴史上人物 吉屋チルー②仲島の大石 吉屋チルーは琉球王国の遊女で、琉歌の歌人でもある。「吉屋チル」「よしや」「吉屋」とも表記する。 吉屋チルーは読谷山(ゆんたんざ;今の読谷村)の貧しい農民の娘として生まれ、わずか8 […]
沖縄の歴史上人物 吉屋チルー①比謝橋 吉屋チルー(1650~1668)は琉球王朝時代の琉歌の女流歌人で、遊女(ジュリ)であった。吉屋とは苗字ではなく遊郭の屋号であり、チルーは「鶴」の方言とされ、吉屋チルーは近世の呼称とい […]
沖縄の歴史上人物 恩納ナビー③万座毛 恩納ナビー(生没年不詳)は18世紀に農民として恩納村間切りで生まれ、琉歌の才能に満ち溢れた琉球王国時代の女流歌人である。自由で真っ当な恩納ナビーの琉歌は多くの人々の共感を生み、現在も […]
沖縄の歴史上人物 恩納ナビー②恩納松下の歌碑 恩納ナビー(生没年不詳)は、18世紀の琉球王国の沖縄本島北部恩納村で農民の娘として生まれた。吉屋チル―と並んで、琉球を代表する二大女流歌人として知られている。景観や熱烈な恋情 […]
沖縄の歴史上人物 恩納ナビー①生誕地跡 恩納ナビーは琉球王朝尚貞王の時代に生まれたとされ、吉屋チルーとならんで18世紀はじめに活躍した琉歌の二大女流歌人の一人である。恩納ナビーの生きた時代は、「琉球文化の黄金時代」とよば […]