六ツ城跡

六ツ城跡

築城年代、築城者は定かではありませんが、戦国期は東氏の家臣であった猪俣五平次義綱が居城したと伝えられます。天文九年(1540年)の越前朝倉氏の攻撃では、白米を流して滝のように見せたり、白米で馬を洗い水があるように見せた白米伝説があります。東氏滅亡後、時を経て、長久手の戦いでは義綱は池田氏に属していたようですが討死し、城は廃城となったようです。 <現地案内板より>


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