天領時代-4 江名子川に架かる橋・下流からその1

天領時代-4 江名子川に架かる橋・下流からその1

金森氏は高山城下町をつくる際、東側の防御として自然の河川の江名子川を掘とした。空町と呼称される武家屋敷の場所の東側を流れていて、北流する。金森氏は現在の左京町辺りで西方向に河川を切り替えている。その位置の方が北方向の防御ラインとして完全であった。
江戸時代、江名子川には日下部家の南側、京屋の南側、また平湯への街道、武家の菩提寺・東山寺院群、江戸への街道方面に小さな橋があった。
時代を経て小規模の橋が増えているが、歌舞伎の役柄の橋名称がつけられている。



 資料

②天領時代-4 江名子川に架かる橋・下流からその1