田沢磨崖仏(岩地蔵)

田沢磨崖仏(岩地蔵)

田沢磨崖仏(岩地蔵)は案内板によると「前方の阿武隈川に突出した岩塊に刻まれた磨崖仏群を田沢磨崖仏あるいは岩地蔵とよんでいる。この付近には古墳時代末期の横穴墓群があり、後にこれからの横穴墓の幾つかを利用してこの磨崖仏が刻まれたものと思われる。磨崖仏は鎌倉時代初めのものと思われ、四窟からなり、四体の地蔵尊と三枚の板碑が刻まれている。この場所は古来、稲葉の渡したいわれた所で、阿武隈川を渡る重要な地点であった。磨崖仏はこの渡しの安全を願うということと深い関係があったものと思われる。この磨崖仏はこの渡しの安全を願うということと深い関係があったものと終われる。この磨崖仏はこの渡しの安全を願うということと深い関係があったものと思われる。この磨崖仏は昔から名が知られており、奥羽観迹聞老志、封内名蹟志、にも記されている。左甚五郎が船を待つ間に彫ったとか、飛騨の匠の作とかのの言い伝えが残っている。 亘理町教育委員会」とあります。

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