飛騨の里-5 飛騨の里・景色

飛騨の里-5 飛騨の里・景色

飛騨は、谷筋が違うと雪の質、量も違い、また太平洋側と日本海側では雪の量が全然違う。そのため同じ飛騨の中でも、建物や冬のソリなどの民具の形が違っていて、全国的にみて大変珍しい風土である。
昭和34年、白川村の御母衣ダム建設に伴い、古い合掌造り建物の若山家が高山に移された。貴重な建物である若山家を高山へ移して「飛騨民俗館」として出発、管理人には長倉三朗を委嘱した。その後、若山家の隣には片野町からクレ葺屋根の野首家(江戸時代)、桐生町から高山測候所(明治36年)などを移築している。
昭和44年、当時の元仲辰郎市長は観光資源の開発に大きな夢を託し、民俗館の西方に「飛騨の里」建設計画を議会にはかり建設をすすめた。場所は、戦国時代の山城・松倉城のふもとで、昔からあった農業用溜(ため)池(いけ)はそのままにし、山林を切り開いて三万坪の用地に民家を移築することにした。
合掌造りや板茸屋根の民家18棟が飛騨各地から集められ、昭和46年7月に1億9,600万円をかけて完成した。今、これらの民家を集めようと思っても不可能である。質の高い農村文化を集めた飛騨の里は、全国に先がけたもので、高山の大きな観光資源になった。



 資料

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