城郭-7 高堂城(国府町)
城郭-7 高堂城(国府町)
『飛州志』に「廣瀬瓜巣村ニ在リ利仁將軍ノ後裔廣瀬左近將監利治築之子孫廣瀬山城守宗城兵庫頭宗直居之天正年中三木大和守自綱ニ戦ヒ負テ宗城終ニ討死ス其子宗直ハ城ヲ落テ行方ヲ知ラズト云フ自是三木持分トナル城地圖地理部ニ載ス」とある。平坦な主郭があり、北側・東側・南側に小さい曲輪がいくつかある。広瀬郷に土着した広瀬氏の居城と考えられている。
その後三木氏に広瀬氏は滅ぼされて、高堂城、広瀬城は三木氏の支配下になった。金森氏による飛騨攻めの際、三木氏は広瀬城で迎え撃ったという。