【研究論文】デジタル・フュージョン・ラーニング
【研究論文】デジタル・フュージョン・ラーニング
教育DX(Digital Transformation)時代における“デジタル・フュージョン・ラーニング(Digital Fusion Learning)”とは、教師がデジタル技術を活用し、学びのあり方やカリキュラムを革新させると同時に、教職員の業務や組織、プロセス、学校文化を革新し、時代に対応した教育を確立することである。
また、学びという側面から考えてみると教育DXの目的は、「個別最適な学びという“新たな学び”の実現」である。20世紀の学習観は、行動主義・認知主義の学習観を採用していた。しかし、21世紀に入り、学習観は「主体的・対話的な深い学びの実現」という構成主義・社会構成主義の学習観に移行した。この変化から分かるように、教育が「全員に同じ教育」から「個々が持つ能力を最大限活かす教育」に変化している。ここでは、これらの教育のDX時代におけるデジタル・フュージョン・ラーニングについて考える。
■ デジタル・フュージョン・ラーニングとは
デジタル・フュージョン・ラーニングは、伝統的な学習方法とデジタル技術を融合した新しい学習アプローチである。このアプローチでは、学習者がデジタルツールやオンラインリソースを活用しながら、対面授業や対話型の学習体験を組み合わせることで、より効果的な学びを提供することができる。
また、デジタル技術を活用することで、学習者はより柔軟な学習スタイルを選択し、自分のペースで学習を進めることができ、またデジタルツールを活用することで、学習者同士や教師とのコミュニケーションが促進され、より豊かな学習体験が可能となる。
このように、デジタル・フュージョン・ラーニングは、伝統的な学習方法とデジタル技術を融合させることで、より効果的・効率的で魅力的な学習環境を提供する新たな学習アプローチである。
■ 教育DX時代におけるデジタル・フュージョン・ラーニング
「DX(Digital Transformation)」は、2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念である。その内容は「進化し続けるテクノロジーが人々の生活を豊かにしていく」というもので、“進化したデジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革すること”と解釈できる。
ただし、教育DXが及ぼすのは単なる「変革」ではなく、デジタル技術による破壊的な変革を意味する「デジタル・ディスラプション」。すなわち、既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすものであると捉えられている。
このデジタル・フュージョン・ラーニングという学びの革新は、多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり、特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものである。ここでは、子供たち一人一人に個別最適化され、創造性を育む学びとは何か、その実現のためのデジタル・フュージョン・ラーニングとはどのような学びで、そのために必要な学習環境について考える。
■ デジタル・フュージョン・ラーニングと新たな学習環境
学校における授業は、教科書や様々な教材等を使用して行われており、児童生徒たちの学びにとってこれらの果たす役割は極めて大きい。学校教育における重要なツールであるデジタル教科書・教材やタブレットPC等について、21 世紀を生きる児童生徒に求められる力の育成に対応した学習環境の整備の改善を図っていくことが必要である。
デジタル技術の活用により、一斉指導による学び(一斉学習)に加え、児童生徒一人一人の能力や特性に応じた学び(個別学習)や、児童生徒同士が教え合い学び合う協働的な学び(協働学習)を推進することにより、基礎的・基本的な知識・技能の習得や、思考力・判断力・表現力等や主体的に学習に取り組む態度の育成ができる。
こうした学びを、学校教育法第30 条第2項に規定する学力の3要素である「基礎的・基本的な知識・技能の習得」「思考力・判断力・表現力等の育成」「主体的に学習に取り組む態度の育成」という観点から見た授業を実践するためにデジタル・フュージョン・ラーニングに必要な新たな学習環境を次のように考えてみた。
(1) 教育リソース
教育リソース(educational resources)とは、PCやタブレットPCで読むことができるように設計された電子化された資料などで、電子書籍(electronic Book)、デジタル書籍、デジタルブック(digital book)、eブック(e-book)、オンライン図書(online book)も含まれる。
今後は、メディアの特性を生かし、学習者が主体的に活用でき、一人一人の学習者の特性に対応した教育リソースのあり方を調査研究する必要がある。
(2) e-ラーニング
e-ラーニング(e-Learning)を推進する上では、教育リソースであるデジタル教材(学習材)の整備が必要不可欠となる。デジタル教材(学習材)自体は、各学校の教育事情に応じて整備されるべきもので、一元的に学校間で利用できるものにはなりにくいと考えられる。しかし、リメディアル系やキャリア支援系等の共通基盤教材や、教育素材的なものは、内容的・用途的にも十分共有可能であり、こうした利活用可能なデジタル教材(学習材)・素材を具体的に検討し、実際に実践可能な学校間で提供しあえるルール作りを検討することが重要である。
(3) ラーニング・コモンズ
ラーニング・コモンズ(Learning Commons)とは、デジタル技術を活用しながら、学習者自身が主体となって学ぶ教育環境をいう。能動的学習授業では、まず①教育リソース(デジタル教材)で予習をした上で、授業の最初に仮説の予想をし、②仮説をグループで討議し、1人1台のタブレットPCで調査を行い、③調査結果をタブレットPCに接続された電子黒板(アクティブボード)を使って分析し、仮説が正しかったかどうかを検討する。その後、④結果を発表した後、電子黒板(アクティブボード)で仮説の内容を可視化しながらシミュレーションをし、仮説と調査結果の関係をグループで再討議し、⑤授業後に発展課題のレポートを作成する授業を推進するような、グループ・ディスカッション、ディベート、グループ・ワーク等による課題解決型の能動的学習を積極的に導入・実践することが必要となる。
■ デジタル・フュージョン・ラーニングによる”新たな学び“
児童生徒が、十分な質を伴った学習時間を実質的に増加・確保するためにデジタル技術を利用した学習の方法として、授業の内容を教育リソース化し、授業外の時間にe-ラーニングで自主的に視聴できるようにする。このことにより、授業では事例や知識の応用を中心とした対話型の活動をする事が可能となる。このように、説明型の授業をオンライン教材化して授業外の時間に視聴し、従来宿題であった応用課題を教室で対話的に学ぶ教育方法(反転授業)を実践することも必要となる。
このことにより、学校においては、「答えのない問題」を発見してその原因について考え、最善解を導くために必要な専門的知識及び汎用的能力を鍛えること、あるいは、実習や体験活動などを伴う質の高い効果的な教育によって知的な基礎に裏付けられた技術や技能を身に付けることができる。また、授業ための事前の準備(資料の下調べや読書、思考、学習者同士の議論など)、授業の受講(教員の直接指導、その中での教員と学習者、学習者同士の対話や意思疎通など)、事後の展開(授業内容の確認や理解の深化のための探究、さらなる討論や対話など)やインターンシップやサービス・ラーニング等の体験活動など、事前の準備、授業の受講、事後の展開を通した主体的な学びに要する総学習時間を確保することができる。
また、この学習支援を実施するためにも、主体的に学習をする学習者の利用目的や学習方法にあわせ、デジタル技術を柔軟に活用し、効率的に学習を進めるための総合的な学習環境であるラーニング・コモンズを学習施設に整備すると共に、このようなデジタル・フュージョン・ラーニングを推進していく必要がある。
久世 均(くぜ ひとし)
岐阜大学大学院教育学研究科修士課程修了(教育学修士)。専門は、教育工学、デジタルアーカイブ、情報教育、生涯学習。2006年より岐阜女子大学文化創造学部教授・デジタルアーカイブ研究所長、日本教育情報学会理事、文部科学省学校DX戦略アドバーザー。著書「デジタルアーカイブ要覧」「生涯学習eソサエティハンドブック」など多数。