【新聞寄稿】飛騨高山匠の技と地域のデジタルアーカイブ
【新聞寄稿】飛騨高山匠の技と地域のデジタルアーカイブ
2016.8.24 掲載 岐阜新聞 オピニオン
久世 均(くぜ ひとし)
1954年瑞穂市生まれ。岐阜大学大学院教育学研究科修士課程修了(教育学修士)。専門は、教育工学、デジタルアーカイブ、情報教育、生涯学習。2006年より文化創造学部教授。日本教育情報学会理事、文部科学省「先導的な教育体制構築事業」委員、文部科学省ICT活用教育アドバーザー。著書「デジタル・アーカイブ要覧」「生涯学習eソサエティハンドブック」など。62歳
高度情報通信社会において,この世には情報があふれていると言われながら,意外に知らないのが自分の生まれ育った地域です。この地域の貴重な「文化資源」を記録し保存等を行うことを「地域のデジタルアーカイブ」と呼んでいます。
自分の生まれた地域のさまざまな文化資源等をデジタルアーカイブしてみることにより,これまでに気付かなかったさまざまなものが,素材を通して見えてきます。また、地域のデジタルアーカイブという手法を通して,自分と地域の新たな関係がそこに生まれ,時空を共にした一瞬が記録することができます。
この地域のデジタルアーカイブは,このようにさまざまなことを発見し,理解を深めていく上で大切な活動です。しかし,それだけで地域の本当の姿が見えてくるわけではありません。むしろ、デジタルアーカイブで記録された素材は,単なる地域を知る手がかりのような情報で,現実の地域の映像は,長い時間経過の中の一コマを捉えた記録に過ぎなく、非常に現象的なものです。
例えば、皆さんが住んでおられる地域は、古代には海の底だったかもしれませんし、陸地であってもそこは干拓されてできた土地かもしれません。また、家並みも50年前,100年前とは大きく異なっています。同様に,これから50年先,100年先がどのように変貌していくかもわかりません。あくまで地域の映像は,その「時代」を写し取った現象的なものの記録なのです。こうして現在の地域をデジタルアーカイブすると,目には見えないもっと本質的な何かがそこにあるということが理解できてきます。そこに記録されたものが何なのか,なぜ地域の人々はそれを捉えたのか,といったことは,記録した時よりも,素材化した後,素材に再び向き合う時に気付いてくることが意外に多いものです。
また、場合によっては,何十年も経過した後,古い素材に接した時に,以前には気付かなかったことに気付き,素材化していたことのありがたさを感じることもあります。特に、地域の生活に中にある知を発見し,アーカイブすることは,地域の文化の再発見のプロセスとして重要です。
しかし、このような地域のデジタルアーカイブには,地域の人々の参加が必要となってきます。特に,地域の資料の収集,デジタル化には,地域の実情に応じた活動が重要であり,自分たちの身近な場で地域のデジタルアーカイブをすべきです。
このためには,いかに地域の人々が自分たちの「文化資源」としていかに主体的に収集・整理することできるかが課題です。また,このような地域の人々や,大学,学校,社会教育施設などとの協働によるデジタルアーカイブの活動を,地域における生涯学習の一環として捉えることが重要だと思います。
岐阜女子大学では、デジタルアーカイブについては20年前から実践しており、実践的なデジタルアーカイブの開発・研究も先導的に行っています。その中でも、地域のデジタルアーカイブとしては、北海道から沖縄まで、写真、古文書、研究成果など20万件の多様な資料を保管し利用できるようになっています。
本年度からは、現在、文化庁の「日本遺産」に認定された飛騨高山の匠の技のデジタルアーカイブを高山市等の地域の人々と共に進めています。飛騨高山の匠は、律令制度下において、匠丁(木工技術者)として徴用され、多くの神社仏閣の建立に関わり、平城京・平安京の造営においても活躍したと伝えられています。また、匠の技については、平城宮造営に従事していたことを示す『正倉院文書』や宮跡から出土した木簡、奈良県に残る「飛騨町」など、さまざまな歴史的資料をはじめ、言い伝え、伝説などにも残されています。
現在の伝統的な匠の技や製品についても、こうした古くからの歴史的背景、関連する各種資料が、その重要性を裏付ける根拠となるため、次の世代への伝承の中で、歴史的資料も収集し、適切に保管、選択、利用できる総合的な地域のデジタルアーカイブが必要です。また、その情報を海外に発信することにより伝統文化の価値を高めることに繋がってきます。
内閣の知的財産戦略本部では、2007年2月に「知的創造サイクルの推進方策」を策定し、知的創造サイクルの戦略的な展開のための具体的方策を提言しています。これをデジタルアーカイブのサイクルとしてとして捉えると、収集・保存した情報を活用することにより、新たな情報を創り出すということになります。
本学では、デジタルアーカイブにおける知的創造サイクルとして「知の増殖型サイクル」を提案。飛騨高山匠の技デジタルアーカイブに適用することを研究しています。
飛騨高山の匠の技デジタルアーカイブを、産業技術、観光、教育、歴史等で新しい「知の増殖型サイクル」実現を目指し、地域の文化資源の価値をさらに高める新しいデジタルアーカイブとして捉えています。
Digital Heritage: Hida Takayama’s Master Crafts and Knowledge Cycle
高度情報通信社会における、生まれ育った地域の貴重な文化資源を記録・保存する地域のデジタルアーカイブの重要性とその手法を論じています。デジタルアーカイブは、地域に対する新たな視点を提供するものの、その真価を引き出すためには、生涯学習の一環として教育機関と連携した地域の人々の参加が不可欠です。具体的には、日本遺産に認定された飛騨高山匠の技を対象としたデジタル化事例を詳述し、地域の歴史的背景や資料を次世代へ正確に伝承する必要性を強調しています。最終的な目標は、収集した知的資源を活用して産業や教育に役立つ新たな価値を生み出す知の増殖型サイクルの実現を目指すことにあります。
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