市指定・国分寺鐘楼門

市指定・国分寺鐘楼門
 〈市指定〉昭和33年9月27日
 〈所有者〉国分寺
 〈所在地〉総和町1丁目83番地
 〈時代〉安土桃山時代(16世紀)
 〈員数〉1棟
  鐘楼門(1棟)重層入母屋六脚門、銅平板葺、桁行3.045m、梁間2.4m
 屋根はもと杮(こけら)葺(ぶき)であったが、昭和30年に銅板葺とした。屋根の軒は1つ軒、まだら垂(たる)木(き)、妻は木(き)連(づれ)格(ごう)子(し)。上層は円柱、簡素で力強い組物を持ち、勾欄(こうらん)を廻す。下層は角柱6本、面取りがある。
 梵鐘は永正11年(1514)の古銘を存し、もと荒城郷三日町十王堂の鐘であった。宝暦14年(1764)大萱(おおがや)村横山作助が、改鋳して当山に寄進した。
 国分寺の晩鐘は飛州8景の随一として、国分霊地絶繊塵 雁塔今経幾許春 好是楼前視聴楽 暮鐘声裏月清新(国分寺の境内は古びた三重塔がそびえ静かである。暮れゆけば鐘が鳴りわたり、月影清く美しい。)とある。
参考文献
『高山の文化財』47~48頁 高山市教育委員会発行 平成6年
重層入母屋造六脚門、銅平板葺
桁行3.045メートル
梁間2.4メートル
建築年代は安土桃山時代(16世紀)とされる。屋根はもと柿葺であったが、昭和30年に銅板葺とした。屋根の軒は一軒疎垂木、妻は木連格子である。上層は円柱で、簡素で力強い組物をもち、勾欄を廻す。下層は角柱6本で、それぞれに面取りがしてある。
梵鐘(市指定文化財)には、永正11年(1514)の古銘があり、もとは吉城郡荒城郷三日町(現国府町三日町)の十王堂の鐘であった。宝暦11年(1761)、大萱村横山作助が、改鋳して当山に寄進した。
国分寺の晩鐘は、飛州八景の随一として、「国分霊寺絶繊塵 雁塔今経幾許春 好是楼前視聴楽 暮鐘声裡月清新」(国分寺の境内は古びた三重塔がそびえ静かである。暮れゆけば鐘が鳴りわたり、月影清く美しい)とある。
昭和33年9月27日指定
高山市教育委員会
説明板より

 

関連資料

1-3-15-1 高山市指定文化財 国分寺鐘楼門・概要

1-3-15-2 市指定・国分寺鐘楼門