近江大津宮跡

近江大津宮跡
昭和49年、錦織2丁目の住宅地の一角で行われた発掘調査により、大規模な掘立柱建物跡の一部が発見されました。続いて昭和53年2月にこの建物跡に連続する柱穴が発掘され、錦織を中心とする地域が大津宮の所在地であったことが確実視されるようになりました。その後十数地点で調査が行われ、大津宮の建物の位置もほぼ確定して、その中枢部の構造も復原されるまでに研究は進展しています。昭和54年7月に国史跡に指定されました。
 昭和49年に発見された建物跡は、天皇の居所の内裏と政務を行なう朝堂院とを分ける内裏南門と想定され、復原すると東西7間と、南北2間で、その東西に掘立柱の複廊が付属しています。この門の北側が内裏、南側が朝堂院と考えられています。門の真北には三方を塀に囲まれた庇付きの建物の内裏正殿があります。この建物は、復原すると東西7間、南北4間の建物になると推定されています。
(引用:http://oumijingu.org/publics/index/112/)