金森長近を祀る高山市の金龍神社祭礼と城山の銅像

金森長近を祀る高山市の金龍神社祭礼と城山の銅像
金龍神社
金龍神社は、芝郡代が長近の法号にちなむ「金龍権現」の神号を得て、東照宮境内に勧請したのが始まりと言われる。
 昭和17年(1942)森高山市長、東照宮社司、氏子諸氏が現在地にこの金龍神社を遷座した。
 なお、神社の本殿は旧山王宮の社殿で、神門は旧松泰寺の山門を移築したものである。
 平成27年(2015)1月、雪害により破損したが、同年12月修理工事が完成しだ。
 毎年9月1日(長近命日・8月12日)に祭礼が執行される。

東照宮
元和5年(1619)金森第3代重頼は、高山城の中に東照権現社を勧請した。その後寛永5年(1628)、現東照宮境内地(本地堂の下方。西之一色村鴻巣の森尾崎と言った)に遷座した。これが東照宮の始まりである。
 延宝8年(1680)には松泰寺宝珠院を別当とした。しかし、金森家転封後は松泰寺のみが残り、御宮跡の時代となる。
 荒廃を嘆いた金森の子孫重任が神社の再建を志し、これに賛同した芝郡代が、東照宮を文化15年(1818)に、町人の協力を求めて再建した。以来、現在に至る。
 大工棟梁は水間相模宗俊、彫刻は中川吉兵衛である。
長近公銅像建立の経緯
昭和56年(1981)5月8日
  金森公顕彰発起人会を開催。同日、第1回金森公顕彰小委員会(事務局長高山市助役)を開催。全体名称を「金森公顕彰会」、発起人会は「金森公顕彰委員会」と改称。
昭和56年5月24日
  第2回金森公顕彰小委員会を開催。
昭和56年8月22日
  金森公顕彰会総会を開催。市制45周年記念事業として金森長近公の銅像を城山公園二之丸に建立することを決定。広く募金協力を市民、各種団体に呼びかけることとした。
昭和57年(1982)1月29日
  町内会連絡協議会に募金の取りまとめを依頼。
昭和57年10月5日
  銅像建立に賛同された方の芳名録、記念刊行物等を台座カプセルに収納。
昭和57年10月12日
  台座に銅像設置施工。
昭和57年11月1日
  金森長近公銅像落成除幕式、高山市への銅像贈呈式。
<金森長近公銅像製作者>
■作家 高岡市の日展作家
         般若純一郎氏
■製作 高岡市竹中製作所
■正面の題字揮毫 名誉市民 小池信三氏
■碑文 大野政雄氏、亀山喜一氏
■ 書  高塚道雄氏
■総事業費 3,076万円
■着工 昭和57年3月11日
■完成 昭和57年10月26日

 

関連資料

2-20-1 金龍神社

2-20-2 東照宮

2-20-3 長近公銅像建立の経緯