金閣寺・夕佳亭(宗和の茶室)

金閣寺・夕佳亭(宗和の茶室)
金閣寺
 鹿苑寺は、ユネスコ(国際連合教育科学文化機関)で採択された世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約に基づき、「古都京都の文化財」のひとつとして世界遺産リストに登録された。このことは、人類全体の利益のために保護する価値のある文化遺産として、特に優れて普遍的価値を持っていることを国際的に認められたことになる。
 鹿苑寺は、鎌倉時代に造られた貴族の別荘を、足利義満が応永4年(1397)に譲り受けて粋を尽くした別邸北山殿に造り替え、さらに義満の死後応永29年(1422)に、夢窓疎石を開山とする禅寺とされたことに始まる。その後衰微したが、江戸時代に金閣及び庭園の修理がなされた。
 庭園は、衣笠山を借景に、既存の池にさまざまの名石を据え、池に向かって3層の豪華な舎利殿金閣を建て、山上に展望所を建てている。金閣は、屋根をこけら葺とし、第2・3層全面に金箔を押すという、北山文化の象徴となる華麗な建築で、義満の権威と王朝への憧れが示されている。なお、金閣は昭和25年(1950)に火災により焼失したが、昭和30年(1955)に復原的に再建された。
登録年月日 平成6年(1994)12月15日決定、17日登録
京都市
説明板より

茶席「夕佳亭」
 金森飛騨守宗和侯の好みで、後水尾天皇献茶の聖跡。現代のものは明治7年(1874)の再建。中央床柱に南天の古木を用い、右手に萩の違い棚(萩の木の根の方と枝先とを交互に組み合わせて中央に鶯宿梅を配す)を設ける。古今の名席と言われる。茶室の手洗鉢は、義満公伝来。
北山 鹿苑寺
説明板より
古来宗和好みとして伝わり、明治初年に焼け、同8年(1875)に再建された。名は夕日に映える金閣が殊に佳いということから名付けられたという。上段の間は後水尾院来臨の折、増築したもの。
リーフレットより    

銀閣寺
正式名称を東山慈照寺といい、相国寺の塔頭寺院の一つ。銀閣寺の名の由来は江戸時代、金閣寺に対し、銀閣寺と称せられることとなったといわれる。
室町幕府八代将軍の足利義政によって造営された山荘「東山殿」を起原とし、義政の没後、臨済宗の寺院となり義政の法号慈照院にちなんで慈照寺と名付けられました。
九歳で家督を、十五歳で将軍職を継いだ義政は、生涯をかけ自らの美意識のすべてを投影し、東山文化の真髄たる簡素枯淡の美を映す一大山荘を作り上げた。銀閣寺は美の求道者ともいえる義政の精神のドラマを五百年後の現代にも脈々と伝えている。
銀閣寺は金閣寺とともに相国寺の山外塔頭のひとつで、正式には慈照寺といい、山号を東山(トウザン)という。京都の東に連なる山々は東山と呼ばれ、如意が岳(大文字山)を中心になだらかに続いている。この山なみは古来女性のやさしさにたとえられ、数々の歌にもうたわれ、人々に親しまれてきた。なかでも大文字山と呼ばれる如意ヶ岳は、お盆の八月十六日の夜に点火される送り火で知られている。銀閣寺はこの大文字山の麓にある。門前には哲学者西田幾多郎が思索の場として散策した哲学の道があり、桜や蛍の名所として散策路になっている。
このあたりは古くから歴史の中に現れたところで、白川の清流が流れており、流域には早くから人が住みつき、縄文遺跡や、奈良朝の北白川廃寺跡も発見されている。またこの一帯には、東に法然院、霊鑑寺、南に黒谷金戒光明寺、真如堂など古くから寺院が営まれてきた。平安時代には、北山と同じく、天皇の御陵、火葬場があり、菩提を供養する寺院が多くあった。平安時代の中期に浄土寺が創建され、この浄土寺跡に東山殿が造営され後に慈照寺となるのである。
<臨済宗相国寺派>
相国寺は臨済宗相国寺派の禅寺。初祖達磨大師が中国に伝えた、いわゆる禅宗を起源とする一派で、日本に伝わったものは臨済宗をはじめ曹洞宗、黄檗宗などがある。
臨済宗は、正法とされる釈迦の正しい教えを受け継ぎ、宗祖臨済禅師をはじめ、禅を日本に伝来した祖師方、そして日本臨済禅中興の祖・白隠禅師から今日にいたるまで、師から弟子へ連綿と伝法された一流の正法を教えとしている。そして本来備わる純粋な人間性を、坐禅を通して自覚し悟ることを宗旨とする宗派である。
宗祖である臨済禅師の言葉に「赤肉団上に一無位の真人あり。常に汝等諸人の面門より出入す。未だ証拠せざる者は、看よ看よ」というのがある。人々に本来備わる、この一無位の真人を自覚することが臨済宗の宗旨である。
金閣寺、銀閣寺がともに相国寺の塔頭寺院であることは、あまり一般に知られていない。相国寺は室町幕府三代将軍 足利義満により創建され、金閣寺もほぼ時を同じくして義満により創建された。銀閣寺はその後年、同じく室町幕府八代将軍である足利義政により創建されている。足利歴代将軍が創建した禅宗寺院として、本山である相国寺の塔頭寺院となり、今に至る。
現在、相国寺の山外塔頭として相国寺僧侶が任期制をもって相国寺とともに金閣寺、銀閣寺の運営と後世への継承にあたっている。

 

関連資料

2-35-1 金閣寺

2-35-2 茶席「夕佳亭」

2-35-3 夕佳亭(京都金閣寺)

2-35-4 金閣寺・夕佳亭案内地図

2-35-5 銀閣寺