【研究】教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(2)
【研究】教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(2)
教育DX(Digital Transformation)時代における“新たな学び”とは,教師がデジタル技術を活用し,学びのあり方やカリキュラムを革新させると同時に,教職員の業務や組織,プロセス,学校文化を革新し,時代に対応した教育を確立することである.
また,学びという側面から考えてみると教育DXの目的は,「個別最適な学びという“新たな学び”の実現」である.20世紀の学習観は,行動主義・認知主義の学習観を採用していた.しかし,21世紀に入り,学習観は「主体的・対話的な深い学びの実現」という構成主義・社会構成主義の学習観に移行した.この変化から分かるように,教育が「全員に同じ教育」から「個々が持つ能力を最大限活かす教育」に変化している.また,デジタルツールを学びに活用することで,さらなるクリエイティブな学びの実現もDX時代における“新たな学び”の目的とされている.ここでは,これらの教育のDX時代における “e-Learningの構成”の在り方について考える.
<キーワード>教育DX,GIGAスクール構想,e-Learningシステム,教育リソース
1.はじめに
「DX(Digital Transformation)」は,2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念である.その内容は「進化し続けるテクノロジーが人々の生活を豊かにしていく」というもので,“進化したデジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革すること”と解釈できる.
ただし,教育DXが及ぼすのは単なる「変革」ではなく,デジタル技術による破壊的な変革を意味する「デジタル・ディスラプション」.すなわち,既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすものであると捉えられている.
文部科学省も,この教育DX時代に対応して令和2年12月23日に文部科学省デジタル化推進本部から「文部科学省におけるデジタル化推進プラン」を報告している.ここでは,「・・・ポスト・コロナ期のニューノーマルに的確に対応していくために必要なDXに係る取組を早急かつ一体的に推進していかなければならない局面を迎えている.」とし,次のように4つの具体的な方針を掲げている.
①GIGA(Global and Innovation Gateway for All)スクール構想による1人1台端末の活用をはじめとした学校 教育の充実
②大学におけるデジタル活用の推進
③生涯学習・社会教育におけるデジタル化の推進
④教育データの利活用による,個人の学び,教師の指導・支援の充実, EBPM等の推進
特に,①のGIGAスクール構想については,令和3年3月12日の「GIGAスクール構想の下で整備された1人1台端末の積極的な利活用等について(通知)」において,「文部科学省では,Society 5.0 時代を生きる全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びを実現するためには,学校現場における ICT の積極的な活用が不可欠との観点から「GIGA スクール構想」を推進しているところであり,関係各位の御尽力により,本年4月から,全国のほとんどの義務教育段階の学校において,児童生徒の「1人1台端末」及び「高速大容量の通信環境」の下での新しい学びが本格的にスタートする見込みとなっている.」と述べている.また,“新たな学び”について,文部科学大臣がメッセージで,「1人1台端末環境は,もはや令和の時代における学校の「スタンダード」であり,特別なことではない.これまでの我が国の 150 年に及ぶ教育実践の蓄積の上に,最先端の ICT 教育を取り入れ,これまでの実践と ICT とのベストミックスを図っていくことにより,これからの学校教育は劇的に変わる.この“新たな学び”の技術革新は,多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり,特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものである.」と子供たち一人一人に個別最適化され,創造性を育む教育 ICT 環境の実現を求めている.ここでは,子供たち一人一人に個別最適化され,創造性を育む学びとは何か,その実現のための“新たな学び”とはどのような学びで,従来の学びとどのように異なるのかについて考える.
2.教育DX時代における新たな学び
教育DX(Digital Transformation)時代における“新たな学び”とは,教師がデジタル技術を活用し,学びのあり方やカリキュラムを革新させると同時に,教職員の業務や組織,プロセス,学校文化を革新し,時代に対応した教育を確立することである.
また,学びという側面から考えてみると教育DXの目的は,「個別最適な学びという“新たな学び”の実現」である.20世紀の学習観は,行動主義・認知主義の学習観を採用していた.しかし,21世紀に入り,学習観は「主体的・対話的な深い学びの実現」という構成主義・社会構成主義の学習観に移行した.
この変化から分かるように,教育が「全員に同じ教育」から「個々が持つ能力を最大限活かす教育」に変化している.また,デジタルツールを学びに活用することで,さらなるクリエイティブな学びの実現もDX時代における“新たな学び”の目的とされている.
政府が設置する教育再生実行会議が2021年6月3日に発表した第12次提言は,教育のデジタルトランスフォーメーション(DX)を鮮明に打ち出した.この提言「ポスト・コロナ期における新たな学びの在り方について」の中で「データ駆動型の教育への転換」が必要とし,教育データの利活用や対面授業とオンライン授業のハイブリッド化などを促している.
ここでは,これらの教育のDX時代における “新たな学びにおけるe-Learningの構成”の在り方について述べる.
3.e-Learningという学習
e-Learningのイメージはどのようなものであるか?2000年頃にe-Learningブームが起きて,人材育成や各種講座にe-Learningに期待したが,長くe-Learningのブームは続かなかった.
あれから20年経過し,e-Learningはずいぶん定着したが,ただ単に垂れ流し型のe-Learningではなく,e-Learningと対面授業やオンライン授業を組み合わせたハイブリット型授業が一般的となった.
香取(2001)によるとe-Learningは,ただ単にe-Learningでの“研修で学ぶ”のみではなくて,“情報で学ぶ”,“経験して学ぶ”,“仲間から学ぶ”を取り入れたより幅の広いものだと捉えている.
ローゼンバーグ(2002)は,“情報で学ぶ”とは,e-Learningの両輪として,オンライン研修とナレッジマネジメントシステム(KMS)の2つを重視したe-Learning論を展開している.
また,“経験して学ぶ”とは,ゲリー(Gery.1991)によると,他人からの最小限のサポートで,高いレベルの職務パフォーマンスを可能にするための,統合された情報へのオンデマンドアクセス・道具・方法を提供する電子的業務遂行支援システム(EPSS)を提唱している.
“仲間から学ぶ”は,仲間から学ぶコミュニティであった.職場での学習(ワークプレースワーキング),あるいはインフォーマル学習などの用語で,“仲間から学ぶ”機能に注目されている.
ローゼンバーグ(Rosenberg.2006)は,e-Learningを再定義し,「e-Learningとは豊かな学習環境を創造し届けるためのインターネット技術の利用であり,広範囲のインストラクションと教育リソースとソリューションが含まれる.その目的は,個人と組織のパフォーマンスを高めることにある」と言っている.
e-Learningの目指す方向は,「教えない」授業であり,その目的は,教えなくても自分で学ぶ人を育てることである.鈴木(2015)は,研修設計マニュアルで,教えない研修への提案として次の5点を挙げている.
(1)子供扱いせずに大人の学びを支援するためのアンドラゴジーを採用する.
(2)研修ではなく自己啓発とOJTを能力開発の基礎と位置付ける.
(3)集合研修でもバラバラな課題に取り組む時間を設ける.
(4)熟達化に応じて,「教えない」割合を増やす.
(5)成長する学びに誘うきっかけとなる研修を考える.
つまり,教えない授業を実現するためには,自律的な学習者となることが重要であり,自律的な学習者であれば自律的なオンライン授業が実現する.ここでは,自律的なオンライン授業の分析と設計について考える.
4.自律的なオンライン授業
授業の目的は「教えること」ではない.それは学習者が「自ら学ぶ」ことを手助けし,学習者に「行動変容」が起こることである.
「教えない」授業が主体的な学び手を前提として,よりフレキシブルな学習環境を提供すると共に,成人学習学の原則を踏まえる必要がある.
ノールズ(M, Knowles,1980)は,『成人教育の現代的実践 ペダゴジーからアンドラゴジーへ』により,ノールズが良い成人教育者か否かを判断する方法として引用した成人教育プログラムによって開発された以下の6つの判断基準を提唱している.
①指導者は,学習内容と技能に関する知識を身につけているだけでなく,そこで成功した実践者でなければならない.
②指導者は,その学習内容に対して,またそれを他者に教えることに対して,情熱的であるべきである.
③指導者は,人びとに対して,理解と寛容の態度をもつ(あるいはそれらを学ぶことができる人間である)べきである.彼らは,親しみやすさ,ユーモア,謙虚さ,そして人々に対する興味・関心といったパーソナリティ特性をも身に付けているべきである.これらは,成人を指導する上で効果的である.
④指導者は,教授法に関して,創造的に考えるべきである.彼らは,変化しつづける成人のニーズや関心に対応するために,新しい方法を進んで試みるべきである.
また,事実を提示することよりも個人の成長により関心を示すべきである.
⑤地域社会や職業集団における地位,過去の教育経験など一般的に求められるものは,上記の特性と適合したときのみ意味をもつのである.
⑥指導者は,成人が,学習者としては子供とは異なっているという考えに,関心を示すべきである.また,成人の指導に関する現職訓練のプログラムに参加できることに対して積極的に喜びを表現すべきである
また,M.ノールズは,成人学習のための7つの原理を報告している.
1)雰囲気作り
2)相互的計画化
3)学習ニーズの自己診断
4)学習速度のコントロール
5)学習資源の見つけだし
6)教師の支持的な役割
7)学習結果の自己評価
さらに,成⼈学習者の特徴として次の3つをあげている.
• 自己決定学習ができる
• 生活経験が豊富である
• 実用重視である
1つ目の特徴は,自己決定学習に示されるように,まず何を学ぶかを自分が決めるということである.大人になるとフォーマル・ラーニング,つまり学校教育の枠組みがないので,そこにおいては自分でこれを学びたいと決心して何かを学ぶという行為ができる.従って自己決定学習ができる.
2つ目の特徴は,生活経験が豊富であるということである.つまり人生上の経験が学習のための資源になりうるということである.これも子供の学習とは大きく違う点である.大人は,いろいろな人生上の体験が,今学んでいることとどういう関係にあるのかを考えることができる.いわゆる机上の空論(理論だけ学んで実際には使えない)というのは起こりにくい.理論を学べば自分の体験からどういうふうに継承されるか,照らし合わせて「ここは理論的に説明できるけれどここは少し違うな」というような判断ができる.このようにして体験そのものが理論のための資源になる.
3つ目の特徴は,実用重視ということである.もともと自己決定学習で何を学ぶかという時に,自分のニーズが判断基準となる.今,目前に何か学ぶことがあるとすれば,それが自分の人生や仕事上何か役に立つのかということで判断する.従って現場の問題を解決することができるかどうかで学んだり学ばなかったりする.つまり実用重視の判断をするということである.
5.授業の効果分析
(1)授業の効果測定
授業によっては,例えば「知識習得」や「スキル開発」などは,ある程度効果を測定しやすいが,「意識変革」や「行動革新」「価値観醸成」といったものは,効果が抽象的になりがちで効果測定しにくい.
最近の授業では,知識やスキルの習得よりも,意識変革・行動革新を促して成果を追求するものが増えてきている.教師は,効果測定しにくい授業で成果を出さなければならないというジレンマに陥る.企画力,論理的思考,戦略思考,創造性,意識変革,モチベーション,リーダーシップといった内容を扱った授業は,効果測定が極めて難しい.
知識習得を目的とした授業であれば,授業前後にテストを実施し,結果を比較することで効果の測定が可能である.しかし,例えば論理的思考等の効果測定となると定量的に測ることが難しく,また,いつ効果が表れるのかも分からない.このような定性的な効果をどのようにして測定するべきか今後の重要な課題になってくる.
授業の効果が上がらない要因は以下のようになる.
①授業の目的やねらいを明確にしていない
②効果測定として何を測るのか決めていない
③誰がいつ測定するか決めていない
(2)授業の効果測定のポイント
①授業の目的,学習者の行動変容を評価する
②評価することが目的ではなく,評価するに値する結果を出すことが目的
③学校の視点と教員の視点から授業を見直していく機会と捉える
④教育を通じて学校を成長させるツールと考える
⑤学習者を望ましい方向にマネジメントするために効果測定をする
授業を実施する前に授業の目的を明確にし,具体的な学習到達目標を立てなければ,効果測定はできない.まず,測定可能な学習到達目標の設定が大切である.
そして,カリキュラム・教材を検討し,授業を実施する.授業後に学んだスキルが,社会でどのように活用され,当初の学習到達目標が達成されたか,改善されたのかを測定するというステップを踏むことが重要である.
6.おわりに
児童生徒一人一台コンピュータを実現することで,これまでの我が国の教育実践と最先端のICTのベストミックスを図り,教師・児童生徒の力を最大限に引き出す.災害や感染症の発生等による学校の臨時休業等の緊急時における,児童生徒の学びの保障の観点からも,ICTを効果的にフル活用することが重要である.
GIGAスクール構想が推し進められた背景は,日本の学校のICT環境整備の遅れだった.GIGAスクール構想の発表当初,教育用コンピュータ1台当たりの児童生徒数は全国平均で5.4人/台と1人1台には遠く及ばず,地域間格差も大きかった.また,その当時は世界的に見ても日本の学校におけるICT活用は遅れており,34カ国の先進諸国で構成されているOECDの中で,「学校の授業におけるデジタル機器の使用時間が最下位」という結果になっていた.こうした状況を打破するために,政府は校内通信ネットワークの整備と児童生徒1人1台端末の整備に補助金制度を導入し,GIGAスクール構想を推し進めることになった.
今後は授業や自宅学習での有効な利活用を進める,それを支える教員のスキルを向上させる,よりリッチなコンテンツを作るなど,端末や通信環境などのハードを活用したソフト側の高度化を進めることで,より質の高い教育が実現される.
生徒一人一人に端末を持たせることで,子供が互いの考えをリアルタイムで共有でき,双方向での意見交換が活発になると期待される.生徒どうしのみならず教員と生徒のコミュニケーションも行えるため,教員が生徒の学習状況や反応をより深く知ることができる.
従来の一斉型の授業では,手を挙げた子供だけが回答や意見を発表していたため,自ら表現できない子供も多かったが,GIGAスクール構想では,全ての子供の意見が情報端末を活用して共有されるなどして,コミュニケーションを活性化させることが期待される.
また,学びの機会は授業中の教員と生徒間でのコミュニケーション以外からも得ることができる.例えば,整備された端末を活用して子供たちが興味を持ったことを調べたり,写真や動画などでアウトプットしたり友達どうしで共有したりする過程で,創造性を育む学びにつながるとも言える.
プレゼン資料
1.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(2)(pptx版)
2.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(2)(PDF版)