【研究論文】中国の大学の大人数会話クラスでのBYODを用いた授業について考察
【研究論文】中国の大学の大人数会話クラスでのBYODを用いた授業について考察
論題
昨今、教育現場でもICTが普及し、デジタル教材やタブレット活用が推進されている。筆者は目的用途を明確し、科目、学習環境に適した活用が重要であると考える。本論文では、中国の大学の大人数会話クラスでのBYODを用いた授業について考察する。
論文構成
・教授法と教材
(昔は暗記型の教授法、今はコミュニケーション能力を重視した教授法。つまり、今日の授業で教材に求められる役割もコミュニケーション能力の育成である。タブレットの活用例やデジタルアーカイブを活用したキュレーション授業の紹介)
・会話授業で教える項目
(語彙、発音、文法、定型表現、談話構成など)
・映像教材
(会話授業で映像教材が用いられる理由。市販の教材、アニメドラマを用いた授業の紹介)
・中国の大学の学習環境
(クラス規模、教室設備、会話の授業で教えること、そして問題点)
・解決案
(学生自身のスマホを活用BYOD→協働学習の促進、個別最適化)
(BYODに適した映像教材の活用。アニメやドラマは不適当、市販の教材は限られている→岩本の論文を参考に間違い探しビデオ教材の作成)
・実験
(文法の使用間違いを含んだ日常会話のビデオを作成し、学生自身のスマホで見ながら、文法の間違いを探す。)
・考察
(授業後にアンケート調査を実施。考察する)
研究の目的
BYODを用いる場合、どのような映像教材が適しているのか。
大人数会話クラスにおいてBYODを用いることで授業に対する理解度、学生の満足度を高めることが可能かどうか。
方法
筆者が勤務する大学で実践し、学生にアンケート調査を行い、考察する。
主要参考文献
・無菌操作演習における間違い探しビデオ教材の有効性の検討 岩本真紀
・大学授業を活性化する方法
・会話教材を作る
資料
1.修士論文構想
2.研究のプロセス
3.ICT活用指導力向上のための「間違い探し」動画教材作成・閲覧による学習モデルの開発と評価
4.グループでの間違い探しにおけるリフレクションのプロセスの解明
論 題 日本語教育におけるスマートフォンの活用~間違い探しビデオ教材を活用した授業実践~
第1章 緒 言
研究の背景
イギリスでは1980年代初頭からコンピュータの教育利用が本格化し始めた。各教育機関にコンピュータが導入され、大学・大学院レベルの英語教授法のコースでは「computer assisted learning」の考えの基、BASIC言語を使用して教材を作る授業も行われた。しかし、語学教師がコンピュータ言語を学び、プログラムを作る授業には、機械に対する嫌悪感も多くみられ、コンピュータを使っての言語教育に対して、否定的な考えを持つ層も作る結果となった(市川1994)。
それから約40年後の現在、日本ではGIGAスクール実現推進本部が設置され、一人一台端末と高速大容量の通信ネットワークを整備し、新たな学びを実現する取り組みが始まっている。ICTの活用により一斉学習、個別学習、協働学習において従来の一方的な授業(教師から児童)と異なり、双方向型の授業(教師対児童、児童同士)を行うことを目指している。岩崎(2020)はICTの活用に関する研究報告は、大人数クラスにおける双方向型の授業を実現させるための活用事例が多いと述べている。クラス規模が大きければ、内向的な性格の児童や理解に時間がかかる児童などに対応するのが困難である。ICTを活用することで従来の授業では対応できなかった児童にまで届く指導(個別最適な学び)が行えるなら、積極的に活用する価値があると言える。
一方、ICTの普及による学習環境の変化に伴い、現場の教師からの否定的な意見も表れてきている(物江2023)。教育における電子機器の普及と活用について研究したCuban(1986)は教育現場に新しい技術が普及してく過程を「新しいテクノロジーに対する熱狂→有効性を実証する研究結果→教育現場からの苦情→教師への批判」の4段階にまとめた。つまり、新しい技術が普及しても、教育現場で十分に活用できなければ、教師に責任が問われるということである。筆者は日本語教育の現場において教壇に立つ立場であるが、時代の変化に合わせて、自身の指導法を改善していかなければ、批判を受けても仕方がないように感じる。ただ、活用方法や現場のニーズに合うかどうかといった検証が不十分なまま新しい技術を普及させれば、教育現場は当然混乱する。今後はICTの積極的な活用だけでなく、どのようにして活用していくべきかを考える段階だと思われる。
文部科学省が作成した「GIGAスクール構想の実現へ」によると、GIGAスクール構想における教育とは、個別最適化され、資質・能力が一層確実に育成できる教育であり、従来の教育実践の蓄積とICTを「ベストミックス」した教育である。つまり、アナログからデジタルへ一新すればいいというわけではない。教具としてのデジタル機器の特性を理解し、その特性を活かした学習活動を実施することでベストミックスした教育が実現されるのである。
日本語教育界においても近年ICTの活用に関する研究が見られるようになってきた。ICT活用の主な目的は能動的な授業(アクティブラーニング)を行うことである。ただ、GIGAスクール構想のような昨今の科学技術を積極的に授業で活用しようという方針はない。また、一人一台タブレット端末の購入などICT環境を整備するには資金面で大きなハードルがあることから、限られた教育機関でしか昨今の情報技術の活用はできない状況である。しかしながら、義務教育の小中学校と異なり、大学や留学生受け入れ機関では学生がスマートフォンを所有している。従来ではメールとウェブ閲覧が主な用途であったが、近年の技術発達に伴って、動画の視聴及びアップロード、SNS、ゲーム、ショッピング、投資に至るまで日常生活のあらゆる場面で使用されるツールとなっていることから、タブレット端末と同様に様々な学習活動で活用できるだけの性能を有していると考えられる。教具としてのスマートフォンの特性を理解し、どのような学習活動で活用すべきかを研究することで日本語教育においても「ベストミックス」した教育が実現できると思われる。
研究の目的
日本語教育界においてはICTの活用を促すような研究報告が多く見られる。しかし、タブレットやスマートフォンなどの電子端末の活用が果たして本当に必要かといった研究は管見の限り見当たらない。ダブレット端末の使用については、印刷物と比較して記憶に定着しにくいという研究結果があるほか、ブルーライトによる視力低下などの懸念もある。スマートフォンも画面のサイズこそ違うが、同じような性能の機械であることから同様の問題を有しているだろう。電子端末が全ての面において従来の教具より優れているのではないことから、全ての学習活動で有用に活用できるとは言えない。そこで、本研究ではタブレット端末が有する特性である学習の個別最適化に着目し、この特性をスマートフォンも有していると仮定し、日本語教育におけるスマートフォンの有用な活用法を模索することを目的とする。
研究の方法
スマートフォンの活用が有用であるかを検証する方法として、岩田他(2006)の「間違い探しビデオ教材」を参考に文法の間違いがある会話ビデオを2種類作成した。これを教室のスクリーンで一斉に視聴する場合と学生自身のスマートフォンで視聴する場合で間違いの発見率、学習者のリフレクションの比較と質問紙法の結果からスマートフォンの活用が有用であったかを検証する。研究対象は筆者の勤務校である東北大学秦皇島分校の1年生39名で日語会話(一)の授業で行う。
間違い探し学習
(英語、フランス語の研究紹介)
(新にほんご敬語トレーニング)
(留学生のためのここが大切文章表現のルール)
無菌操作演習における間違い探しビデオ教材
本研究で作成した文法の間違い探しビデオ教材は岩本他(2006)の研究から着想を得たものである。岩本は看護大学で学生が講義で得た知識と技術を統合し、演習に取り組めるようになることを目的として間違い探しビデオを作成した。ビデオは無菌操作に関する8つの内容で構成され、19箇所の間違いがある5分程度のビデオである。これを3~4人のグループで話し合い、間違いを探す学習を行った。学習の流れは以下の通りである。
表1間違い探しビデオ学習の流れ
順番 | 作業内容 | 補足 |
① | 1回目のビデオ視聴 | ビデオを途中で止めず、通しで視聴する。 |
② | 10分間グループで話し合う | |
③ | 2回目のビデオ視聴 | 1つの内容だけを視聴する。 |
④ | 2~3分間グループで話し合う | |
⑤ | 順番③と④を繰り返す | ③④の作業を8回行う。 |
⑥ | 3回目のビデオ視聴 | ビデオを途中で止めず、通しで視聴する。 |
⑦ | 10分間グループで話し合う |
学習後に行った質問紙調査によって、学生は間違い探しビデオを活用した学習方法を楽しみながらも真剣に、主体的に取り組めたことがわかった。主体的に取り組めたというのは、ビデオを受動的に視聴するのではなく、学習した知識を想起し、考えながら視聴する(能動的な視聴)必要があったためだと考えらえる。一方、66.5%の学生がグループでの話し合いの時間が短かったと回答した。これに対し、岩田他は「話し合いの時間が短かったために、活発な意見交換ができなかったのではないか」との分析をしているが、75.8%の学生が意見交換は活発であったと回答している。つまり、単に話し合いの時間が短かったのではなく、作成したビデオ自体に問題があったと考えられる。実際、話し合いの時間は合計で約44分あり、5分のビデオに44分の話し合い時間で不足しているとは考えにくい。単に間違いが多すぎて、全部探しきれなかったため、話し合いの時間を短く感じたのではないかと思われる。5分間に19箇所の間違いということは約16秒に1回間違いがあるということである。これは探すのに苦労するだろう。仮にビデオを8つの内容ごとに作成すれば、各ビデオの間違いは2.3箇所になり、ビデオの時間も短く、間違いを探しやすいはずだ。加えて、ビデオの視聴を学生のスマートフォンで行えば、より有意義な話し合いが行えると考える。スマートフォンでの視聴は学生自身が見たい箇所を好きな回数だけ自由に見ることができ、学生の能力に合わせて学習を進めることができる。また、ビデオを視聴しながら話し合いができれば、話し合う時間も短縮できると思われる。
中国の大学の会話授業における間違い探し学習の有効性
中国の大学では中国人教師が語彙と文法を教え、日本人教師は会話授業で学習した語彙、文法を使用し会話練習を行う。つまり、習得した知識を使用できるようになることが目的である。会話練習を行う前に、文法を正しく理解しているか確認することは重要である。理解が不十分なまま会話練習した場合、実際に会話する際に活用の間違いや適切な場面で使用できない恐れがある。ただ、普通に文法説明をしても効果がない場合がある。既に既習の内容であるため、学生が注意深く説明を聞かないことがあるためだ。田尻(2010)は説明のタイミングについて、人間には同じことを説明されても、すんなり頭に入って来ない時があり、「一番素直に頭に入ってくるのは、知りたいと思った時に知りたいと思ったことが説明された時」であると述べている。学生一人一人が文法を正しく理解しているかを確認する方法もあるが、中国の大学では通常1クラス20人~30人の大人数クラスであるため、学生一人一人の理解度を確認していたら、会話練習の時間を短くしてしまう。文法の説明はクラス全体に向けて行い、学生、特に正しく理解してない学生が注意深く聞く状況を作ることが望ましい。会話授業でも間違い探しビデオ学習を行えば、会話練習で使用する文法を理解しているかどうかを学生自身が気づくことができる。理解が不十分だと気づいた学生は会話練習前の文法説明を真剣に聞くと思われる。加えて、ビデオを通して文法の使用場面や話し方なども提示できるため、会話授業の導入に適した学習であると思われる。