3.J・B・キャロルの学校学習の時間モデル
学習者には,それぞれに個性があり,知識の差や興味関心が違う.このような個人差について教師はどのように考えたらいいか.
J・B・キャロル(Carroll)は,1963年に提唱した学校学習の時間モデルで,学習者の学習の目標の達成ができないことについて,それは学習者の能力が原因ではなく,学習の目標を達成するための学習者の時間が不足していたと考えた.このことにより,学習の目標の達成に必要な時間をどのように確保し,どのように支援を工夫したらもっと短い時間で学ぶことができるか改善することができる.つまり,J・B・キャロルは,能力から時間への発想の転換を行ったのである.
さらに,J・B・キャロルは,学習率に影響を与える変数を,5つの要素に分解して説明している.まず,「課題への適性」とは,ある課題を達成するのに必要な時間の長短によって表される学習者の特性を課題への適性とした.次に,「授業の質」は,学習者が短時間のうちにある課題を学べる授業かどうかを授業の質としてとらえている.質の高い授業の要件としては,少なくとも何をどう学習するかが学習者に伝わっていて,はっきりとした形で材料が提示され,授業同士が有機的に次につながっていて,授業を受ける学習者の特性に応じた配慮がなされていることが挙げられている.次に,授業の質の低さを克服する力を「授業理解力」と呼び,これが第3の要因としている.次に,学習に費やされる時間を左右する要因を次のように示している.ある課題を学習するためにカリキュラムの中に用意されている授業時間を「学習機会」と呼び,学習に費やされる時間を左右する第一の要因と考えている.また,与えられた学習機会のうち,学習者が実際に学ぼうと努力して,学習に使われた時間の割合を「学習持続力」としている.
教師は,学習率を高めるために,学習に必要な時間を分母の要因に注目して減らす工夫と,学習に費やされる時間を分子の要因に注目して増やす工夫ができる.J・B・キャロルの時間モデルに含まれている5つの変数は,教師として授業を工夫し,学習者一人一人が学習に費やす時間を確保し,また,学習に必要な時間を短縮していくためのチェックポイントと考えることができる.
ICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)の活用についても,学校学習の時間モデルのどの変数に働きかけるのが,何が,いつ,どのように効果があるのかという視点で考えると,ICTの活用の発想が広くなる.最近のインターネット上で誰もが無料で受講できる大規模な開かれた講義であるMOOCs(Massive Open Online Courses)や反転学習で代表される学習の場合は,授業時間以外の利用によって,「学習機会」の拡大につながる可能性が大きいことがわかる.
ここで,「インストラクショナルデザイン」や「教えないで学べる」学習環境は,キャロルの学校学習の時間モデルの授業の質を高め,授業理解力を助け,学習機会や学習持続力を高めるための手法であり,学習環境でもある.「教えないで学べる」という“新たな学び”を実現するためには,これらの手法や学習環境を整備することによって実現するものであり,学習者の学ぶ意欲を促し,自律的に継続して学ぶ力をつけていくことが大切である.