【研究】教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(Ⅲ)
【研究】教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(Ⅲ)
教育DX(Digital Transformation)時代における“新たな学び”とは,教師がデジタル技術を活用し,学びのあり方やカリキュラムを革新させると同時に,教職員の業務や組織,プロセス,学校文化を革新し,時代に対応した教育を確立することである.
また,学びという側面から考えてみると教育DXの目的は,「個別最適な学びという“新たな学び”の実現」である.20世紀の学習観は,行動主義・認知主義の学習観を採用していた.しかし,21世紀に入り,学習観は「主体的・対話的な深い学びの実現」という構成主義・社会構成主義の学習観に移行した.この変化から分かるように,教育が「全員に同じ教育」から「個々が持つ能力を最大限活かす教育」に変化している.また,デジタルツールを学びに活用することで,さらなるクリエイティブな学びの実現もDX時代における“新たな学び”の目的とされている.ここでは,これらの教育DX時代のe-Learningカリキュラム開発の在り方について考える.
<キーワード>教育DX,デジタル・フュージョン・ラーニング,e-Learning,教育リソース
1.はじめに
デジタル・フュージョン・ラーニングは,伝統的な学習方法とデジタル技術を融合した新しい学習アプローチである.このアプローチでは,学習者がデジタルツールやオンラインリソースを活用しながら,対面授業や対話型の学習体験を組み合わせることで,より効果的な学びを提供することができる.
また,デジタル技術を活用することで,学習者はより柔軟な学習スタイルを選択し,自分のペースで学習を進めることができ,またデジタルツールを活用することで,学習者同士や教師とのコミュニケーションが促進され,より豊かな学習体験が可能となる.
このように,デジタル・フュージョン・ラーニングは,伝統的な学習方法とデジタル技術を融合させることで,より効果的・効率的で魅力的な学習環境を提供する新たな学習アプローチである.
2.教育DX時代におけるデジタル・フュージョン・ラーニング
「DX(Digital Transformation)」は,2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授によって提唱された概念である.その内容は「進化し続けるテクノロジーが人々の生活を豊かにしていく」というもので,“進化したデジタル技術を浸透させることで人々の生活をより良いものへと変革すること”と解釈できる.
ただし,教育DXが及ぼすのは単なる「変革」ではなく,デジタル技術による破壊的な変革を意味する「デジタル・ディスラプション」.すなわち,既存の価値観や枠組みを根底から覆すような革新的なイノベーションをもたらすものであると捉えられている.
このデジタル・フュージョン・ラーニングという学びの革新は,多様な子供たちを誰一人取り残すことのない公正に個別最適化された学びや創造性を育む学びにも寄与するものであり,特別な支援が必要な子供たちの可能性も大きく広げるものである.ここでは,子供たち一人一人に個別最適化され,創造性を育む学びとは何か,その実現のためのデジタル・フュージョン・ラーニングとはどのような学びで,そのために必要な学習環境について考える.
3.デジタル・フュージョン・ラーニングと新たな学習環境
学校における授業は,教科書や様々な教材等を使用して行われており,児童生徒たちの学びにとってこれらの果たす役割は極めて大きい.学校教育における重要なツールであるデジタル教科書・教材やタブレットPC等について,21 世紀を生きる児童生徒に求められる力の育成に対応した学習環境の整備の改善を図っていくことが必要である.
デジタル技術の活用により,一斉指導による学び(一斉学習)に加え,児童生徒一人一人の能力や特性に応じた学び(個別学習)や,児童生徒同士が教え合い学び合う協働的な学び(協働学習)を推進することにより,基礎的・基本的な知識・技能の習得や,思考力・判断力・表現力等や主体的に学習に取り組む態度の育成ができる.
こうした学びを,学校教育法第30 条第2項に規定する学力の3要素である「基礎的・基本的な知識・技能の習得」「思考力・判断力・表現力等の育成」「主体的に学習に取り組む態度の育成」という観点から見た授業を実践するためにデジタル・フュージョン・ラーニングに必要な新たな学習環境を次のように考えてみた.
(1)教育リソース
教育リソース(educational resources)とは,PCやタブレットPCで読むことができるように設計された電子化された資料などで,電子書籍(electronic Book),デジタル書籍,デジタルブック(digital book),eブック(e-book),オンライン図書(online book)も含まれる.
今後は,メディアの特性を生かし,学習者が主体的に活用でき,一人一人の学習者の特性に対応した教育リソースのあり方を調査研究する必要がある.
(2)e-Learning
e-ラーニング(e-Learning)を推進する上では,教育リソースであるデジタル教材(学習材)の整備が必要不可欠となる.デジタル教材(学習材)自体は,各学校の教育事情に応じて整備されるべきもので,一元的に学校間で利用できるものにはなりにくいと考えられる.しかし,リメディアル系やキャリア支援系等の共通基盤教材や,教育素材的なものは,内容的・用途的にも十分共有可能であり,こうした利活用可能なデジタル教材(学習材)・素材を具体的に検討し,実際に実践可能な学校間で提供しあえるルール作りを検討することが重要である.
(3)ラーニング・コモンズ
ラーニング・コモンズ(Learning Commons)とは,デジタル技術を活用しながら,学習者自身が主体となって学ぶ教育環境をいう.能動的学習授業では,まず①教育リソース(デジタル教材)で予習をした上で,授業の最初に仮説の予想をし,②仮説をグループで討議し,1人1台のタブレットPCで調査を行い,③調査結果をタブレットPCに接続された電子黒板(アクティブボード)を使って分析し,仮説が正しかったかどうかを検討する.その後,④結果を発表した後,電子黒板(アクティブボード)で仮説の内容を可視化しながらシミュレーションをし,仮説と調査結果の関係をグループで再討議し,⑤授業後に発展課題のレポートを作成する授業を推進するような,グループ・ディスカッション,ディベート,グループ・ワーク等による課題解決型の能動的学習を積極的に導入・実践することが必要となる.
4.デジタル・フュージョン・ラーニングという”新たな学び“
児童生徒が,十分な質を伴った学習時間を実質的に増加・確保するためにデジタル技術を利用した学習の方法として,授業の内容を教育リソース化し,授業外の時間にe-ラーニングで自主的に視聴できるようにする.このことにより,授業では事例や知識の応用を中心とした対話型の活動をする事が可能となる.このように,説明型の授業をオンライン教材化して授業外の時間に視聴し,従来宿題であった応用課題を教室で対話的に学ぶ教育方法(反転授業)を実践することも必要となる.
このことにより,学校においては,「答えのない問題」を発見してその原因について考え,最善解を導くために必要な専門的知識及び汎用的能力を鍛えること,あるいは,実習や体験活動などを伴う質の高い効果的な教育によって知的な基礎に裏付けられた技術や技能を身に付けることができる.
また,授業ための事前の準備(資料の下調べや読書,思考,学習者同士の議論など),授業の受講(教員の直接指導,その中での教員と学習者,学習者同士の対話や意思疎通など),事後の展開(授業内容の確認や理解の深化のための探究,さらなる討論や対話など)やインターンシップやサービス・ラーニング等の体験活動など,事前の準備,授業の受講,事後の展開を通した主体的な学びに要する総学習時間を確保することができる.
さらに,この学習支援を実施するためにも,主体的に学習をする学習者の利用目的や学習方法にあわせ,デジタル技術を柔軟に活用し,効率的に学習を進めるための総合的な学習環境であるラーニング・コモンズを学習施設に整備すると共に,このようなデジタル・フュージョン・ラーニングを推進していく必要がある.
5. e-Learningカリキュラム開発
地域産業や地域社会を担う人材確保のため,デジタル・グリーン等成長分野に関するリスキリングを推進する,このためにリスキリング教育のための「Multi Campus One Digital University」を新たに構築し,地域人材の育成カリキュラムを開発し実践している.
産業界や社会のニーズを満たすリスキング教育プログラムの開発・提供を行い,社会人のスキルアップやキャリアアップ,キャリアチェンジを後押しする.本リスキング教育プログラムのコンセプトとして,時代の潮流に即した最先端で,各分野において最先端の知見を有する講師により,スキル修得を目指したコンテンツを活用し,いつでもどこでも学習できる環境であるオンデマンドな学習環境を構築する.
〇令和7年度,リスキリング教育プログラムとして開発する内容は以下の通りである.
① AI(人工知能)講座
超スマート社会(Society 5.0)の実現に向け,AIを活用して社会課題を解決し,新たな価値を創造できる人材の活躍が期待されている.世界的にAI人材不足が深刻化するなか,各企業の間で優秀なAI人材の争奪戦が行われており,AI人材育成に対するニーズが高まっている.ここでは,次のような内容でAI人材育成を行う.
■ AI(人工知能)概論【Ⅱ】:教員のための実践的データサイエンス入門
本講座は,教育現場においてデータサイエンスの基本的な知識とスキルを身につけ,実践的に活用できるように設計された教材である.データの収集・整理・分析・可視化の基本的な手法から,教育データの具体的な活用例,さらにデータ倫理やプライバシーの重要性まで幅広く解説する.教員が日常の授業や学校運営において,データを効果的に活用し,より良い教育環境を構築するための基礎知識と実践力を養うことを目的としている.データリテラシーの向上により,教育の質の向上や,個別最適化された指導,教育政策の立案にも寄与できる人材育成を目指す.
【学修到達目標】
①データサイエンスの基本的な概念と用語を理解し,説明できる.
②教育現場で扱うデータの種類や収集方法,整理の基本的な手法を理解し,実践できる.
③基本的な統計分析やデータの可視化技術を用いて,教育データから有益な情報を抽出できる.
④教育データの活用例や事例を理解し,自校や授業に応用できるアイデアを持てる.
⑤データの倫理やプライバシーに関する基本的な考え方を理解し,適切に対応できる.
② デジタルアーキビスト講座
デジタルアーキビストとは,文化・産業資源等の対象を理解し,著作権・肖像権・プライバシー等の権利処理を行い,デジタル化の知識と技能を持ち,収集・管理・保護・活用・創造を担当できる人材のことをいう.ここでは,デジタルアーキビスト資格と絡め知的財産人材の育成を行う.
■ デジタルアーカイブ概論【Ⅱ】:デジタルアーカイブにおける新たな価値創造
デジタルアーカイブは,さまざまな分野で必要とされる資料を記録・保存・発信・評価する重要なプロセスである.このデジタルアーカイブは,わが国の知識基盤社会を支えるものであり,デジタルアーカイブ学会でも,デジタルアーカイブ立国に向けて「デジタルアーカイブ基盤基本法(仮称)」などの法整備への政策提言を積極的に行っている.今後,知識基盤社会おいてデジタルアーカイブについて責任をもって実践できる専門職であるデジタルアーキビストが必要とされている.ここでは,デジタルアーキビストの学術的な基礎として,デジタルアーカイブに関する歴史から我が国の動向並びにデジタルアーカイブの課題を学ぶ.また,この内容は,今後の学修におけるデジタルアーキビストの学びの地図となる.
【学修到達目標】
①日本の目指す知識基盤社会を支えるのはデジタルアーカイブといっても過言ではない.初期の文化遺産を中心とした展示やウェブ公開など提示中心から,いかに社会の全領域で知的生産やナレッジマネジメントに活用できるインターフェイス,横断的ネットワークなどの環境を確保するかの段階に入ったといえる.
②ここでは,15のテーマに基づいて,それぞれのテーマの中に研究課題を設定し,また,各講に学修到達目標を設定し,個々に学修の到達を確認することができる.
③ 学校DX戦略コーディネータ講座
学校DX戦略コーディネータは,学校や教育機関においてデジタルトランスフォーメーション(DX)戦略の計画,実施,および評価をし,効果的に推進する役割を担う専門家を育成する.
■ 学校DX戦略コーディネータ(Ⅲ):未来を創る教育設計:カリキュラム開発の新しい視点
カリキュラム開発の理論と実践は,教育における目標達成のために必要な学習内容,教育方法,評価方法を体系的に設計・実行するプロセスである.理論的には,カリキュラム開発は学習者中心のアプローチを重視し,学習の目的や成果を明確に定義する.加えて,学習者のニーズ,社会的・文化的背景,教育政策を考慮した柔軟で効果的なデザインが求められる.実践的な側面では,カリキュラムを教室で実際に運用し,評価を通じてその効果を確認し,改善を行うことが重要である.
カリキュラム開発のポイントは,学習者の多様性に対応すること,学びの過程が段階的に進行すること,そして,評価とフィードバックを取り入れた反復的な改善が必要であることである.さらに,現代の教育では,テクノロジーやグローバルな視点,持続可能な教育など,最新のアプローチを取り入れることが求められている.これにより,学習者は知識だけでなく,実践的なスキルや問題解決能力を身につけることができる.カリキュラム開発は,単なる知識伝達にとどまらず,学習者を未来に向けて準備させる重要な役割を果たす.
【学修到達目標】
①学習者中心のカリキュラム設計ができる
・学習者のニーズ,興味,能力に基づいて,効果的な学習目標と内容を設定し,カリキュラムを設計できる.
②カリキュラム開発における評価手法を理解し,実践できる
・カリキュラムの評価方法を選定し,実施して,その成果を分析し,改善のためのフィードバックを提供できる.
③多様な教育手法や学習スタイルを取り入れたカリキュラムを作成できる
・さまざまな学習者に対応した教育方法(例:協働学習,プロジェクトベース学習,反転授業)を取り入れたカリキュラムを設計できる.
④最新の教育技術をカリキュラムに組み込み,効果的に活用できる
・テクノロジーやデジタルツールを活用したカリキュラムを開発し,学習者にとって効果的な学習環境を提供できる.
⑤カリキュラムの改善と適応を行い,持続的に最適化できる
・実施したカリキュラムを評価し,学習者の成果やフィードバックを基にカリキュラムを柔軟に修正・改善できる.
6.おわりに
従来の一斉型の授業では,手を挙げた子供だけが回答や意見を発表していたため,自ら表現できない子供も多かったが,GIGAスクール構想では,全ての子供の意見が情報端末を活用して共有されるなどして,コミュニケーションを活性化させることが期待される.
また,学びの機会は授業中の教員と生徒間でのコミュニケーション以外からも得ることができる.例えば,整備された端末を活用して子供たちが興味を持ったことを調べたり,写真や動画などでアウトプットしたり友達どうしで共有したりする過程で,創造性を育む学びにつながるとも言える.
本稿では,新たな学びとしてデジタル・フュージョン・ラーニングを提唱している.このデジタル・フュージョン・ラーニングは,伝統的な学習方法とデジタル技術を融合させることで,より効果的・効率的で魅力的な学習環境を提供する新たな学習アプローチである.また,デジタル・フュージョン・ラーニングの具体的な実践として新たなe-Learningカリキュラムを開発したので報告した.このカリキュラムは,オンライン講座とオンデマンド講座を組み合わせて,より深い学びへと誘う講座としていることが特徴である.オンライン講座の同時性と協働性並びにオンデマンド講座の自律性を生かすことにより,より効果的・効率的・魅力的なカリキュラムを構成することが可能となった.
資料
1.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(3)(Word版)
2.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(3)(PDF版)
3.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(2)(Word版 )
4.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(Word版)
5.教育DX(Digital Transformation)時代に”新たな学び”をデザインする(PDF版)
6.教育DX時代における教育リソース並びにe-Learningの構成(2)(PDF版)
7.Multi_Campus_One_Digital_University構想(PDF版)
8.デジタル・フュージョン・ラーニング(PDF版)